風を考える上での2つの言葉 B278『通風トレーニング: 南雄三のパッシブ講座』(南雄三)

南 雄三 (著)
建築技術 (2014/1/16)

通風に関する本を探していて本屋で見つけたもの。

その前に『図解 風の力で住まいを快適にする仕組み』
野中 俊宏 (著), 森上 伸也 (著), 四阿 克彦 (著), 並木 秀浩 (著)
エクスナレッジ (2021/9/4)

も購入していて、具体的な事例が多数紹介されていたのだけれども、『通風トレーニング~』の方が理論的な背景を掴むのに面白かったため、こちらをブログのタイトルに選んだ。

気まぐれな風

両書を読んでまず感じたのは、風はなかなか手ごわいということ。
日射や気温はある程度状態を想定して考えることができるけれども、風は何しろ気まぐれで思うようにはいかなさそうだし、確立された設計手法というものもあまりなく、発展途上という印象を受けた。
とはいえ、理論的な蓄積や、これまでの歴史の中で積み重ねられてきた工夫というものは確かにある。

その中で、本書は理論的背景を解説しつつ、FlowDesignerによって様々なケースをシミュレーションしながら進められる。
QandA方式で風の振る舞い想像しながらシミュレーション結果と答え合わせすることで徐々に感覚を掴んでいくというトレーニングとしての構成は面白く、気まぐれな風に対して有効なアプローチだと感じた。

著者は、未確立の風の扱いに対して、まずは夜間の通風による「外気冷房」によって就寝可能な環境を作る、というのを(ある意味妥協点として)設定しているのも潔くてよい。
(私は何を隠そう、夏の夜は家族の中で一人だけダイニングに布団を移動して未空調の空間で窓を開けて寝たり、夏休みに数家族でバンガローに泊まりに行ってもエアコンを回避して外にテントを張って一人寝る、というくらいに(特に夜間の)冷房環境が苦手なものだからなおさら共感した。)

話は変わって、今年の夏、最近このブログでもおなじみになりつつあるテンダーさんと「屋根散水と輻射熱研究会」と称していろいろと実験したりしてたんだけど、その結果報告として、テンダーさん作のヤギ用ドームを拝見した時に、テンダーさんがふと口にした言葉が心に残った。

一つは、「皮膚で感じる環境は<答え>であって<式>ではないし、<快適な温度>というのは測れない」というもので、もう一つは「壁が熱を作る」というもの。
これは、この夏の集大成とも言える言葉でなかなかの名言だと思う。

<快適な温度>は測れない

前回の『建築環境工学』を読みながら、もろもろの実験や考察をまとめると下の図の内容にたどり着く。

人が感じる快適性は、人体を通しての熱収支による。
ざっくりいうと、人体の体温を一定に保ち、体内に蓄熱しないとすると、M(代謝量)=E(蒸散・潜熱)±R(放射・顕熱)±C(対流放散・顕熱)が成り立たなくてはならない。このうち人体が調整可能なのはMの代謝量とEの蒸散(発汗)である。

未調整の状態を考えると、M(代謝量)は活動状態で決まり、E(蒸散・潜熱)とC(対流放散・顕熱)は周囲の気温と人体の表面温度の差及び風速で決まり、R(放射・顕熱)は周壁温度と人体の表面温度の差で決まる。

人体の表面温度を33℃に保つとした場合、基本的な代謝量と環境による熱の出入りがバランスしていて無理がないのが快適な環境である。逆に熱収支が合わない時は震えによって代謝による熱量を上げたり、発汗による蒸散で熱を逃がす必要がある。そこで身体にかかる負荷が大きいと寒く感じたり暑く感じるということだろう。

これは、いわゆる温熱環境の6要素(着衣量、活動量、気温、湿度、放射(周壁温)、気流)に置き換えられる。

馴染みの深い気温と湿度だけではなく、様々な要素が複雑に絡み合った熱収支の<結果>を人は感じているのだ。つまり<快適な温度>というのは一つの幻想であり簡単には測れない。(ちなみに複雑な要素による快適性を馴染みの気温に便宜的に置き換えるのがSET*(新標準有効温度 Standard new Effective Temperature)である)

熱環境の考察において気温だけをみていると、様々な可能性を見落とすことになるし、外皮性能一辺倒の思考停止に陥りがちな風潮を助長する。

ここで外皮性能の強化を否定するつもりは全くないけれども、人の想像力を阻害し、「人間の生活世界と、それ以外の世界を分断するような世界観」に対する反省を伴わない思考は根本的な問題への対処になりえない、というのが今の私の考えである。また、そういう思考には個人的にワクワクしない。いわば、思考のプロセスの問題である。

そんな中、快適性における風の役割についてはもう少し意識的であっても良いとおもう。(反省をこめて)

壁が熱を作る

もう一つの「壁が熱を作る」。
これはすごい。

例えば日射を考えてみると、太陽からの放射を壁や屋根が受け止めることで、電磁波が初めて物体の持つ振動・熱に変換される。そして、その熱が伝導・対流や再放射によって室内環境に影響を与える。(それは正または負の資源性を持つ)

確かに、日射そのものが熱エネルギーを持つには違いないけれども、緑の中の涼し気な環境を思い起こすと、あまりにも無防備に受け止めたり閉じ込めたりして「壁が熱を作る」ことを当たり前なことと考えすぎているのではないだろうか。その無意識を一突きにする言葉である。

ここでは詳しく説明しないけれども、先のヤギ小屋は体感としてとても涼しく感じた。そこでは日射を真面目に受け取らず、周囲の放射熱をいなす工夫がなされていた。

今回の2冊では通風はあくまで人体との関係の中でしか考察されていなかったけれども、この日射を含めた周囲の放射熱をいなす、ということに対して風の役割は大きい。

つまり、風を人体と建物、双方との関係性の中で考えることが重要であろう。

今回の主題である風を考える上で「<快適な温度>は測れない」「壁が熱を作る」はなかなか示唆に富む名言なのである。

あっ、ちなみにテンダーさんの1Vドーム製作キットは下記で購入可能です♪
1Vドーム製作キット(45mm幅角材用) | ダイラボ通販

うーん、Vectorworksにbutterfly(Rhino+grasshopperでCFDシミュレーションを可能とするプラグイン)を移殖する計画、躓いたまま止まっているんだけどなんとかしたいなー・・・

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