手を添えるテクノロジー B276『民家の自然エネルギー技術』(木村 建一 他)

木村 建一, 荒谷 登,石原 修,浦野 良美,伊藤 直明,小玉 祐一郎,渡辺 俊行,吉野 博,宿谷 昌則,田辺 新一,岩下 剛,谷本 潤 (著)
彰国社 (1999/3/1)

昔からの民家を工学的に捉えたものは論文などではいろいろと見つかるけれども、まとまった書籍として出てないだろうかと探して見つけたもの。(本書でも宿谷氏が一部執筆されている。)

本書は当時の文部省による科学研究費補助総合研究『伝統的民家における自然エネルギー利用技術の現代的適用に関する研究(1994-1996)』の成果を抜粋・再構成したもので、その内容は多岐にわたる。

通風形式による民家の分類

その中で代表的な民家の特徴を3つに分類すると、周辺環境を調整した上で水平方向に開放する「通風型」(農家)、地盤の冷却力と冷えた空気が下に滞留する性質を利用して上方へ開放する「熱対流型」(町家)、それに加えて、開口部を絞り込み遮熱性と熱容量を高めた「閉鎖型」(蔵)に分けられるように思う。(「閉鎖型」は筆者による)

現代の断熱性能に特化する傾向の強い住宅は「閉鎖型」が近いだろうか。
これらのうち、「通風型」と「熱対流型」について書いておきたい。

「通風型」の民家

通風型の民家は、一番イメージしやすいであろう茅葺屋根の農家である。

まず、高い断熱性能と保水性を持つ茅葺屋根、深い庇によって、夏の日射を遮る。
開口部は比較的大きく開放的で風通しが良いが、深い庇と軒の低さ、格子や簾の遮蔽材、奥行きの深さと高い天井高などによって中は総じて暗い。
また、土壁や土間が蓄熱体として存在している。
その民家を周囲の水や緑を通過した涼しい風が通り抜け、風向きは安定している。

つまり、日射遮蔽の徹底通風利用夜間蓄冷熱利用自然冷熱源の利用によって、夏季の過ごしやすさを求めたのが「通風型」の民家といえる。

ここで、茅葺屋根の熱伝導率は『茅葺き屋根の居住性を評価するための屋根の熱移動係数』によると0.041W/mKである。
もし、茅葺屋根の暑さが60cmとすると熱抵抗値は0.6/0.041≒14.6㎡K/Wとなり、現代においても超がつく高断熱といえる。
茅葺屋根が昼の日射を十分に遮ることで昼間の室内気温と表面温度の変化を和らげるとともに、保水性の高さによって、雨天後の蒸散による冷却をも可能とし、夏の涼しさを生む。
(これだけ熱抵抗値があると蒸散による室内への冷却効果はほとんど現れなさそうに思うが、実測研究では雨天後の気温上昇を抑えられたようだ。同研究による屋根内の結露センサー抵抗値の実測では降雨により深さ20cmの地点の抵抗値が上がっているので、茅葺屋根の持つ保水性・浸透性が関係しているのかもしれない。)

一方、土壁の熱伝導率は0.7W/mK程度だそうなので、厚さ30cmだとすると熱抵抗値0.3/0.7≒0.43㎡K/Wとなり、こちらはあまり高くない。(グラスウール16K 10cmで2.2㎡K/Wほどなのでその1/5程度)
しかし、比熱は1100kJ/m3Kと高く、厚さ30cmの土壁の面積あたりの熱容量は330kJ/㎡Kとなり、厚さ15cmのコンクリートと同等である。
このことが、深い庇が壁への日射を遮ることと合わさり、夜間に放射冷却された土間と土壁による昼の涼しさを生むことにつながる。

「熱対流型」の民家

熱対流型の民家は複数の中庭を持つ都市型の町家である。
通風型民家と比較した場合に一番の環境の違いは、通風型民家では自然冷熱源であった周辺環境が、ここでは高温輻射熱の発生源であることだろう。

通りに対しては比較的閉鎖的で日射及び高温輻射熱を遮蔽し、隣戸との戸境壁の断熱性能も高める。
2階に使用頻度の低い部屋をまとめて、1階の生活空間への緩衝地帯とする。
その上で、中庭、坪庭などの屋外や、通り庭・吹き抜けなどの垂直に抜ける空間を確保し、それと連動するように居住空間を配置する。

中庭には直接日射が当たらないため、1階は比較的涼しく、夜間の冷熱を保持するプールともなり、生活排熱は上昇気流によって上空から排出される。

また、庭の一部に屋根を設けたところ風が吹かなくなった、という報告があるように、複数の庭があることが重要なようだ。
上空の気流や、庭の状況、散水などによって、複数の庭の間に圧力差が生まれ、その間の居住空間に風向は安定しないが微風が生じる。
これが、土間や床下の冷気を運びさわやかな冷感を生む。
(屋根形状によって効果を上げることは考えられそう)

この様に、外部遮蔽内部開放型の空間構成複数の井戸型上方開放空間地盤側の巨大な熱容量それらによる冷熱プールと微風の発生によって、夏季の過ごしやすさを求めたのが「熱対流型」の民家といえる。

まとめ

これらは、環境に適応するかたちで長い時間をかけて培われてきた知恵だと思うが、開放型と熱対流型の2つのケースを横に並べられたのが本書を読んでの一番の収穫かもしれない。

それを現代においてどう活かせるか。

ここであげた、民家の工夫は吉田兼好の「家のつくりようは夏をもって旨とすべし」の通り、夏に対して効果を発揮するものが多い。
夏と冬とでは求める機能が違い、相反する要素も多い中、その矛盾をどう解消するのか、というのが第一の課題だろう。

また、当時と比べて周辺環境や温度環境も厳しくなっているだろうし、人々の要求水準も高くなっている。
そんな中、断熱強化とエネルギー投入による力技にテクノロジーを使うだけでは、人々の根本的な意識や姿勢は変わり難いように思うし、ベクトルとして何か楽しさや生命感を感じる方向にも向き難い気がする。
そうではなく、自然の原理を利用する昔の知恵をもっと発展させたり、加速させるために、テクノロジーが手を添える。そんなことが考えられるといいなと思う。(そのヒントは通風と蓄熱にありそう)

何より、こういうことを考えやってみるのは楽しいことだ、というのが最近の実感だ。

単純に性能値を上げるのが考えることも少なく簡単だし、気密断熱の効果の大きさも実感している。そこをどうずらし整合させるか、というのが一番の課題かもしれない。

そのためには思想と理論と実感、どれも必要な気がするし、どこかでこれでいいじゃん、というポイントが見えてくる気がする。
今のところはそのポイントがクリアに見えているわけではなく、見えてくる確証があるわけでもないんだけど、経験と実感による勘では必ずあるはず。
(だって、中途半端とはいえ、それなりに断熱性能を上げた馬屋2階の事務所より、無断熱の平屋母屋の方が過ごしやすいんだもん。冬は母屋は寒すぎるけど。)

何か、今まで培われてきたちょっとした常識がブラインドになっている気がするな。

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