ロゴスとピュシス B309『ナチュラリスト:生命を愛でる人』(福岡 伸一)

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福岡 伸一 (著)
新潮社 文庫版 (2021/9/29)

ナチュラリストとは

ナチュラリストをネットで検索すると

1 自然に関心をもって、積極的に自然に親しむ人。また、自然の動植物を観察・研究する人。
2 自然主義者。→ナチュラリズム  (goo辞書より)

とある。

本書でのナチュラリストは1の後者「自然の動植物を観察・研究する人」の意味合いが強い。
「はじめに」によると、「生命とは何か」という問いをずっと心に持ち続けている人、ということになりそうだけれども、本書はナチュラリストとはどういう人か、また、子どもが大人と関わることでどんなふうにナチュラリストになるきっかけを得るのか、が自身の経験を踏まえた軽快な文章で綴られる。

最初はナチュラリストが「自然に関心をもって、積極的に自然に親しむ人」という意味かも知れないと、少し距離を取りつつ読み始めたけれども、すぐに惹き込まれた。
ナチュラリストの最初の条件は「都会的なセンスを持った人」だという。そして、小さい頃に自然に対し感じた「センス・オブ・ワンダー」を持ち続けている人であり、観察する「目」を持つ人である。

ナチュラリストを「自然に関心をもって、積極的に自然に親しむ人」と捉えると、田舎にどっぷり浸かって生活し、それ以外の生活から距離をとっている人というイメージが浮かぶ。
しかし、著者の捉えるナチュラリストは、都会的なセンスを持ち、自身の「センス・オブ・ワンダー」に従い、行動する人である。そこには、モートンが警戒するような、自然を自然としてある距離のもと固定化する意識、が入り込む隙間はない。ただただ、根っからのナチュラリストなのだ。(個人的にはナチュラリストとは異なる言葉が良さそうな気がするけど、どういうのがいいのか思いつかない。)

ロゴスとピュシス

また、ナチュラリストはロゴスとピュシスの間を行き来する人でもある。

生きもののことをもっと知りたい、言葉に置き換えて自分のものにしたい、というロゴス的な欲求、都会的なセンスと、とらえどころのない、みずみずしい自然の不思議さや美しさに心を奪われて、もっともっと見たいというピュシス的な欲求、センス・オブ・ワンダーの2つを、対立させずに、自身の中に両立させているのがナチュラリストなのである。

私が二拠点生活をしているのは、都市と田舎の間の越境者になりたい、という意識があるからだけれども、これはロゴスとピュシスを同時に持つこと、と言い換えられるかもしれない。
都会的な価値観が多くを占める中、田舎的な価値観をその対極として位置づけるような二元論的なイメージは、行き着く先が制限されてしまうように思う。

これを、分断せずに軽々とまたいでしまうような姿勢が重要なのでは、という直感が確かにあるけれども、まだ、自分の中でうまく言葉には出来ていない。
それに対するヒントが本書にあるように思う。

メンター

著者は有名な生物学者であり、生物学的なさまざまな発見もしているが、その過程で、ロゴスの世界に偏りすぎたそうだ。
本書の最後では、自らの研究室を閉じ、本来のナチュラリストに戻ろう、という宣言をする。
おそらく、それまでのロゴスの世界を後悔しているわけではないと思うけれども、子どもの頃にみずみずしく感じていたピュシスの世界に、もっと素直に従いたくなったのだろう。

二十歳前後の誕生日に、古い友人から「後ろから蹴飛ばしてくる子どもがいて、振り返ってみたら小さころの自分だった」というような詩を貰ったことがある。(正確には覚えてないけど、家の床下の中を探せば見つかるはず。)

福岡氏も子どもの頃の自分に蹴飛ばされたように感じたのかもしれない。
いや、それよりも、自分が歳をとっていることに気付き、自分が子どもの頃に出会ったメンターのように自分もなりたい、と思ったのかもしれない。

本書は、メンターとの出会いの本でもある。
それは、大人の言動であったり、一冊の本や、その中の登場人物であったりする。
メンターと出会うことが、その人の人生を豊かにし、センス・オブ・ワンダーが時代を超えて引き継がれていく。

自分に取ってのメンターは、建築では最初に努めた事務所の先生、ということになると思うけれども、折り紙や工作、昆虫では、昼間から家にいて家の中がモビールなどの工作だらけだった、毎週、少年ジャンプを貸してくれたおじさん、「折り紙生物スケッチ」の笠原邦彦氏、「紙工作ペーパークラフト入門」の松田博司氏、「写真昆虫記」の海野和彦氏、ということになる。(これらはどれも、当時のまま今も手元に置いている。)

私もそれなりの歳になってきた。

誰かのメンターとなれるような建築を一つでもつくりたいと思うし、子どもにむけての何かを書きたい気もしている。

著者による新訳の『ドリトル先生』や、森田真生氏の新訳『センス・オブ・ワンダー』も読んでみたくなったな。




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