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子どもも保育者も自在であれるように B204『子どもと親が行きたくなる園 (あんしん子育てすこやか保育ライブラリー 3)』(寺田 信太郎 他)

寺田信太郎 (著),‎ 深野静子 (著),‎ 塩川寿平 (著),‎ 塩川寿一 (著),‎ 落合秀子 (著),‎ 山口学世 (著),‎ 佐々木正美 (監修)
すばる舎 (2010/10/14)

川和保育園、さくらんぼ保育園、大中里保育園/野中保育園、東大駒場地区保育所、大津保育園、それぞれの園長先生のお話。

子どもと親が行きたくなる園=子どもと親が育っていける園

園長先生の話の中で、共通しているように感じたのは、

・子どもの自発性、自ら遊び学ぶ力を信じ尊重していること。
・子どもの発達段階にあった保育、(特に自然の中での自由な)遊びを中心とした保育を大切にし、早期教育のような考え方には概ね否定的であること。
・信念を持ってそのための環境づくりを行っていること。
・保護者との関係を大切にし、子どもだけでなく、親と一緒に園も育っていくような関係を築いていること。

などです。
青木淳さんの『原っぱと遊園地』という本がありますが、子どもが行きたくなる園、というのは、遊園地のようにいたれりつくせりで子どもの気を惹くような園ではなく、原っぱのように、自発的に関わることができ、そこで自由に遊びながら自ら学ぶ楽しさを実感できる園なのかもしれません。

長男と次男がお世話になり、こんどの4月から三男もお世話になる保育園(今は認定こども園)は、「見守る保育」を実践していますが、「教えてもらう」ことを期待している保護者の理解を得ることの難しさと大切さは、一保護者として強く感じました。

保護者は園・保育者の支援を受けるだけでなく、園の理念を出来る限り理解し、保育者を支援する側に立とうとすることが大切で、そのことが子どもが質の良い保育を受け成長することに繋がるはずだ、と考えているのですが、いろいろな考え方の人がいますからなかなか難しい面もあると思います。そこを乗り越えて良い関係を築きながら、保護者も子どもの育ちについて学び共に育っていけるような園が、親が行きたくなる園なのかもしれません。

父親の役割

余談ですが、子どもがお世話になった園では年に一日父親保育の日がありました。父親たちはチームを組んで、その日に向けて準備をし、本格的なお化け屋敷や音楽ライブ、その他さまざまな形で、遊びの場を作りながら一日子どもたちを預かるのですが、むしろ父親自身が本気で遊ぶ感じです。
日常の主体的な遊びによる学びとは少し異なるかも知れませんが、非日常として父親が本気で遊ぶ姿を見るのも良い経験だと思いますし、父親が園と関わる良い機会になったと思います。
母親と父親の関わる割合が同程度になれば、園と保護者との関わり方もだいぶ変わってくるように思いますし、父親として関わることの意味や役割もあるように思いました。

出会いに意識的であることと自在であること

川和保育園の園長先生が20数年前に出会った文章を引用し、それについて書いていたことが印象的でした。

―ともすると、私達は、大切な意味と価値を内包する出来事に気付かず、あるいは気付いても深く考えないで放っていることが多くあります。現実の保育の場には、こうした偶然のもたらす予測しがたい出来事がいくらでも生じます。その時、教師が自分の(考えや保育案の)絶対性や権威性を思わず、自分の善意への信念などに固執せず、高い価値を内包すると思われる偶然に鋭く気付いて、その意味を測り、保育過程の中に「必然」として取り入れるという、敏感でしなやかな感性の持ち主であったなら、この幼い年齢においても、人生の、あるいは、人間性の本質的なものに触れるような深い教育さえ可能と思います。―(『幼児の教育』日本幼稚園協会)

この文章が素晴らしいのは、たまたま出会ったものを「偶然」としてそのままにするのではなく、その素晴らしさに気づき、その意味を考えて「必然」とするところまで突き詰めていくことの大切さを問いているからです。
保育者は出会うものに無自覚であってはならない。出会いの意味を考えて、自分たちの保育にどう活かしていくかということについて、常に考える事の大切さを、僕はこの文章から学びました。(川和保育園園長 寺田信太郎)

保育者は出会いを捕らえ、その意味と価値に意識的でなければならない。ここには、私が建築において出会いを重要視していることとの共通点が見えます。
また、元の引用文では常に経験を開き、自在であることの大切さも読み取れます。これはオートポイエーシスの第一人者である河本英夫が常々言っていることで、私も設計者として自在でありたいと思っています。
ここにも、保育と設計の共通点が見えますが、それは、両者がともに、人間が生きる環境の原点に迫ることを求めるからかもしれません。

デザイナーは「形」の専門家ではなく、人々の「知覚と行為」にどのような変化が起こるのかについてしっかりと観察するフィールド・ワーカーである必要がある。リアリティーを制作するためには、リアリティーに出会い、それを捕獲しなくてはならない。(佐々木正人)(オノケン【太田則宏建築事務所@鹿児島】 » B047 『アフォーダンス-新しい認知の理論』)

今日のシステムを特徴づけるのは、自在さの感覚である。(中略)自在さは、自由とは異なる。自由は、主体が外的な強制力に従うわけではないこと、さらには主体が自分で自分のことを決定できること、を二つの柱にしている。(中略)自由とはどこまでも意識の自由だが、自在さは何よりも行為にかかわり、行為の現実に関わる。意識の自由を確保することと、行為の自在さを獲得することは、およそ別の課題である。この自在さを備えたのが今日のシステムである。(河本英夫)(オノケン【太田則宏建築事務所@鹿児島】 » B181 『システムの思想―オートポイエーシス・プラス』)




保育環境を包み込む建築空間はどうあるべきか B203『学びを支える保育環境づくり: 幼稚園・保育園・認定こども園の環境構成 (教育単行本)』(高山 静子)

高山 静子 (著)
小学館 (2017/5/17)

環境構成をよりわかりやすくまとめた一冊

『環境構成の理論と実践ー保育の専門性に基づいて』と同じ著者による環境構成の本です。

『環境構成の理論と実践』が環境構成の理論を体系的にまとめることを試みたものだとすると、本著はその理論を豊富な事例・写真をもとにビジュアル的にも整理して、より読みやすく多くの人に伝わりやすいように再編されたもの、と言えるかもしれません。
保育関係の本は一冊のノートに簡潔にまとめて、いつでも読み返せるようにしようと思っているのですが、ここまで密度が高いとそのまま机の脇に置いておいた方が良いかも知れません。付箋を付けるのも途中でやめて、使い勝手を良くするためにインデックスを貼ることに作業を切り替えました。

子どもを『子どもは、環境から刺激を与えられて、知識を吸収する。(古い子ども感)』から『自ら環境を探求し、体験の中から意味と内容を構築する有能な存在。(新しい子ども感)』と捉え直すことからスタートするのは、まさしくアフォーダンスの話です。
保育関係者には是非とも一読をお薦めしたい本ですが、もしかしたらアフォーダンスに興味がある方にとっても、その実践のイメージを掴むためには良書かも知れません。

保育環境を包み込む建築空間

さて、分野に限らず、本を読む時に常に頭にあるのは、”建築空間はどうあるべきか?”という問いです。

この本には保育環境の一つとして建築空間を構成するための直接的ヒントに溢れていますが、それは主に保育者の視点からのもので、あえて言えば(心地よさや美しさといったことも含めた)機能的要求としての要件として捉えられるものだと言えます。
ですが設計者としては、ただそれに応えるだけではまだ不十分で、さらに建築の設計者の視点から見た、子ども・保育者・保護者その他関係者やまちや社会にとって”建築空間はどうあるべきか?”に応える必要があるように思います。(とは言え、著者は例えば「秩序と混沌のバランス」「空間の構造化と自由度のバランス」といった、設計者が持つような視点にまで言及しています。)

環境構成の技術は、個々の子どもの遊び・学びを支えることを第一義として行われるものだと思いますが、建築はそれをより大きな視点から、子どもや保育者を包み込むような存在であるべきもののように思います。
そのような場であればこそ、環境構成の技術がより自在に発揮され、子どもや保育者が安心して活き活きと遊び学ぶことができると思うのです。
最後は言葉ではなく、その空間に包まれた時に単純に「あっ、ここで遊びたい。」と思えるような、そして、そこでさまざまなものに出会えるような、実際の建築物として応える必要があると思うのです。

例えるなら、園長先生が、保育の知識と環境構成の技術に優れているだけ、では園長先生足り得ず、やっぱりそこに何かしら人間としての魅力が見えて初めて、園長先生が園長先生となり、その園がその園となるようなものです。
建築空間も、保育の知識と環境構成の技術に応えているだけ、では建築足り得ず、そこが建築的・空間的魅力で溢れて初めて、その園がその園となるような建築足り得るのだと思うのです。

そのために、建築のプロとして、経験と知識、想像力と設計技術を総動員する必要があると思いますし、それらを日々磨き続ける必要があると思います。




「環境を通して」保育を行う B202『平成29年告示 幼稚園教育要領 保育所保育指針 幼保連携型認定こども園教育・保育要領 原本』(内閣府 他)

内閣府 (著),‎ 文部科学省 (著),‎ 文科省= (著),‎ 厚生労働省 (著),‎ 厚労省= (著)
チャイルド本社 (2017/6/1)

この辺の指針は初めて読みました。
もっと、ぺらっとした内容かと思っていたのですが、乳幼児の保育・教育に関する考え方が(ある種の熱を帯びて)想像以上に凝縮されている印象を受けました。

例えば

イ 保育所は、その目的を達成するために、保育に関する専門性を有する職員が、家庭との緊密な連携の下に、子どもの状況や発達過程を踏まえ、保育所における環境を通して、養護及び教育を一体的に行うことを特性としている。(保育所保育指針 総則より)

とあるように、「専門性を有する職員」が、「環境を通して」養護及び教育を一体的に行うことをその特性であると明確に記述しています。

保育所保育指針は1965年(昭和40年)に制定され、その後何度か改訂されてきたようですが、「環境を通して」と言った視点が初めから獲得されていたのか、それともこれまでの歴史の中で徐々に獲得されてきたものなのか、その辺の変遷に興味が湧きました。機会を見て調べてみようかと思います。

また、幼稚園と保育園と認定こども園、それぞれの指針・要領は内容が重なる部分も多く、共通化への意識が垣間見れますが、認定こども園の制度に伴って、指針・要領を一本化した上でそれぞれの特色のみ補足した方がわかりやすくなったのでは思いました。
それができないところに日本の縦割り制度の突き抜けられなさがあるのかもしれません。




環境構成技術の集大成 B201 『ふってもはれても: 川和保育園の日々と「113のつぶやき」』(川和保育園)

川和保育園 (編集),‎ 寺田 信太郎 宮原 洋一
新評論 (2014/10/20)

重層的な遊具構成の園庭で有名な川和保育園を紹介した本です。
遊具を中心とした園庭での生活の紹介、子どもたちのつぶやきの紹介、園長先生の考え方の紹介、の3章からなっていますが、ダイナミックな園での暮らしぶりがよく伝わってくる本でした。

環境構成技術の集大成

この園庭はかなり高いところがあったり、異年齢が混じっている中で夢中で遊んでいたりと、一見、危険で特別な園庭を使いこなしている特殊な例のように見えがちです。

しかし、それは見方を変えると、長年の試行錯誤による積み重ねをベースとした環境構成という専門技術によって支えられているもの、と捉えることができます。
そうすると、この園庭は保育の基本的な理念と技術の先に辿り着くべくして辿り着いた環境構成技術の集大成とでも言えるようなもののように思えます。

いくら無鉄砲な子どもでも、こうしたことに挑戦するときには慎重になるものである。子どもを信じて挑戦させるということは、観念的なことではなく、まさにこのような環境設定による具体的な問題だと思う。(強調引用者・以後共通)

こんなところにも、園庭の基本原理である「環境を設定するが、あとは子どもの自主性に任せる」という考え方が生きている。

ここが、本当に大事なところである。つまり、何としても回したいという思いである。この思いこそ、意志の力の根源である。そして、この思いは、それぞれの発達年齢による生活グループに所属しながらも、0歳時から年長児までが一緒に暮らす園庭環境が生み出していると言っても過言ではない。このダイナミズムこそ、大いに着目したいところである。

それらのでこぼこも含めて、園庭の隅々までの絵が私の頭のなかには入っている。無意識にやっているところはひとつもない。だから、見学に来た人に、「どうして、あそこは出っ張ったままにしているんですか?」と聞かれれば、その理由をすべて答えることができる。自分たちでつくるということは、すべてにおいて、どうすればより楽しく遊べるか、危険を回避するためにはどういう配慮が必要か、といったことを細部に至るまで考えるということである。

いろいろなルートが確保されている立体構成。
何かに挑戦した先に新たな楽しみがあるという構成的工夫。
何かに挑戦するには、それに見合う能力が身についてなければ挑戦にまで至れないという構成的工夫。
小さい頃から異年齢児とともに過ごすことで、自然と身につく、意欲や、配慮、怖れや危険を回避するふるまいなど。
見守りという技術を身につけた保育者。

などなど、どれも環境構成の技術として考えられるものです。
ものとしての環境だけでなく、保育者はもちろん、園児それぞれが園としての文化の一員として環境構成の中で大きな役割を果たしていることも重要なポイントでしょう。

もし、この園庭に、新しい園児、新しい保育者、新しい保護者が突然やってきて同じように活動を始めたとしたら、いきなり上手くは周らないだろうし、怪我も起きるかもしれないな、と思います。

しかし、逆に言えば、「子どもたちのためにどんな環境が必要か」「そのためにはどうすればいいか」を考え共有することが出来さえすれば、できるところから少しづつはじめ、園庭を園の文化とともに一つひとつ積み重ねていくことで、川和保育園のような園庭にもたどり着き得るのだと思います。

一度、そういう場作りに挑戦してみたいものです。




空間と生活の中で学ぶことの大切さ B200『11の子どもの家: 象の保育園・幼稚園・こども園』(象設計集団)

象設計集団 (編集)
新評論 (2016/12/22)

僕は象設計集団の建物がわりと、いや、かなりスキです。

ゲストに象設計集団の町山一郎を迎えて1982年に建てられた小学校を紹介する。 前に象の本を読んだときのように、ため息が出っ放しだった。 やっぱり豊かである。 これが建築なんだなぁとつくづく思う。(オノケン【太田則宏建築事務所@鹿児島】 » TV『福祉ネットワーク “あそび”を生みだす学校』)

その人間臭さというか言葉にならないほどの豊かさにくらくらします

そう言えば、笠原小学校では「まちの保育園」と同じことを35年ほども前に建築として成立させています。

また、設計の際『まちのような学校学校のようなまち』というコンセプトを建てたそうだ。 宮台はまち(家・地域)の学校化を問題点として指摘するが、それとは逆に、ここには学校の中にまち(家・地域)が流れ込む構図が見てとれる。(オノケン【太田則宏建築事務所@鹿児島】 » TV『福祉ネットワーク “あそび”を生みだす学校』)

 
 
そんな象のこんな本が出てるなんて知らなかったので、とっても楽しみにしていました。

さて、象の保育施設に対する思いとこの本の構成は「はじめに」の以下の文章によく表れているように思います。

なかでも保育園・幼稚園・こども園は、就学前の子どもたちが毎日、昼間の大半の時間をすごす場所であって、保育のあり方と同じくらい、建物と庭のあり方、街とのつながり方が子どもに及ぼす影響ははかりしれません
子どもが大人になって思い返す時に、この場所の思い出が、なつかしい心温まる風景になっていってほしいものです。
本書は、私たちが保育者とともにどんな思いで設計に取り組んでいるのか、そして出来上がった「家」の中で、子どもたちはどういう暮らしをしているのかを紹介しています。
さらに、保育の実践と研究にたずさわる専門家から、空間が保育に果たす大切さについて語って頂いています。(p.002-003)

11の子どもの家

象は保育施設のことをおおきな「家」と呼んでいるのですが、この本ではそんな「11のこどもの家」が紹介されています。

設計事例は内容を理解しプランを頭に入れるため、また、後でざっと見返すことができるように、一つの事例を一枚のノートにまとめるようにしています。

そうしていくと、北は北海道から、南は屋久島まで、気候や敷地条件、園の思い等、さまざまな条件に対しそれぞれの形で応えていることがよく分かります。
特に、庭との関係性を親密なものにしたり、園舎をまちや村のように捉えるところに象の特徴があるように思います。
また、木造建築のスケール感を取り入れるために、保育室を全て1階に配置し木造としているものが多かったですが、敷地が限られていて耐火構造にする必要がある場合、園庭との関係性とともに、木造の親密さをどう取り入れるかは、敷地他条件に合わせてその都度考える必要がありそうです。

(って、屋久島にもあったんですね。身近なところにありながら知らなかった・・・。機会を見てちょっと見てみたいです。)

この本の終盤では4人の専門家が「保育と空間」について語っているのですが、どれも密度が濃く興味深いものでした。

それぞれ印象に残った部分をまとめてみます。

「小さな学校」から「大きな家族」へ

宮城学院女子大学教育学科教授の磯部裕子氏は、保育施設の歴史的背景を辿りながら、日常生活(暮らし)から学ぶ保育空間の大切さについて語ります。

明治初期、家族はいわゆる大家族で、そうした家族と地域コミュニテイによる暮らしの中に子どもたちも生きていました。その暮らしの中には、緩やかで無意識な「教育」があり、子どもたちはそこで生きることの知恵を身につけていきました。
そんな中、幼稚園は、日常的な生活では学べない抽象的な知識を学ぶ場、「小さな学校」として誕生し、機能しました
そして保育施設は、計画的かつ合理的な教育実践の場としてつくられた学校空間―無機質で四角く、管理しやすい空間―と同様の保育空間が良しとされ、定着されることになります。

一方、現在、家族は大家族から核家族となり地域コミュニティの中で孤立化しています。地域の中の日常で当たり前に行われていた、ゆるやかで無意識な教育は失われてしまい、その機能を保育施設が担うことを期待されるようになってきました。しかし、依然として保育施設は「小さな学校」としての合理的空間のまま提供され続けています
そこで著者は

学校の「乳幼児版」を提供し続けることを見直し、子供時代に本当に「相応しい生活」を取り戻していくことが必要なのではないかと思います。そのヒントとなるのが、かつて日本のどこにでもあった地域コミュニティや大家族が為しえていた「教育」です。決して、時間を巻き戻してかつての生活に戻るべきだというのではありません。むしろ、そのような社会に立ち戻ることは、もはやありえない時代であるからこそ、生きること、暮らすこと、遊ぶことにこだわった子どもが育つ場―それは、学校の乳幼児版としての「小さな学校」ではなく、かつての地域と大家族の機能を内包した「大きな家族」―を”意図的に”構成する必要があるのではないかと思います。

彼らの日常から分断された教授空間としての「保育施設」ではなく、生活そのものの子どもの「居場所」へ、子ども自身が本当の意味で「生きる力」を学ぶ場としての居場所づくりを急ぐ必要があります。
無機質で管理的な空間としての「小さな学校」から、心地よい暮らしの場としての「大きな家族」へ、そこで本物の「知」を得るための豊かな学びの場としての保育の環境への転換が求められているのです。

と提言します。

何もしないで過ごすことを選べることの大切さ

和光保育園園長の鈴木まひろ氏は子どもが自主的であれる場について語ります。

子どもが目を輝かせるのは、保育者主導の活動ではなく、自分で仲間を選び、場所を選んで、自分がやりたいことで遊んでいる時間です。さらに、遊びの間の何もしていない時間が貴重であって、子どもが姿を隠せる場所、籠れる場所も必要です。
著者は

いつでも元気ではなくて、子どもだって、何もしたくない日もあるんです。子どもの状況を読みとって対応していくことが保育者には求められています。そういうことを考えると、建物がいかに重要か、建てる前に考えておかなくてはならないことがたくさんあります。

生活しながら学ぶことはたくさんあります。便利なものよりもひと手間あることのほうが学びも豊かになり、身に付きます。生活者の一人として、子どもの出番が生まれるような手仕事のローテク文化を、いかに生活の場に残せるかです。

というように述べます。

自由な遊びと挑戦の場としての園庭

川和保育園園長の寺田信太郎氏は、生きる力を育てる園庭について語ります。

園庭では多少の怪我も含めて、こどもたちの自由な遊びと挑戦を尊重し、見守る保育を実践しています。そこで子どもたちは人として生きる力、社会で生きていくための力を学びます。
(川和保育園に関しては『ふってもはれても: 川和保育園の日々と「113のつぶやき」』で改めて取り上げたいと思います。)

子どもの育ちを支える濃淡のある空間

関東学院大学子ども発達学科専任講師の久保健太氏は育ちの場と濃淡のある空間について語ります。

著者が訪れた美空野保育園では、子どもたちが自由に遊んでいながら、ゆったりとした時間が流れ、保育者に強要された落ち着きのフリをした押さえ込みではない、確かな落ち着きがあった。そして、その秘密は空間が持つ「濃淡」にあるのでは、と語ります。

濃淡のある空間と均質な空間で考えたとき、学校の教室のような均質な空間では、どこで遊びこめばいいのか、どこでくつろげばいいのか、それがよく分かりません。
一方、濃淡のある空間では、いろいろなスペースがあり、一人になることも出来るし、ダイナミックに遊ぶことも出来ます。そこでは、場所と機能が一対一で対応するのではなく、場所と気分が一対一で対応しています。そのような空間では、営みとともに移ろう気分にしたがって、濃淡を行き来しながら自由に過ごすことができ、そこに学びが潜んでいると言います。
また、そうして気分に応じて濃淡を行き来することは、他人の自由を尊重し合うということの学びにつながります。
そして、空間を自ら意味づけできることの大切さについて語ります。

自分で意味づけるからこそ、その場所の意味が、自分にとっても重要な意味を持ちます。肝心なのは、こうした意味付けを一人ではなく共同で行うという点です。つまり、自分で意味づけるのではなく、”自分たちで”意味づけるのです。

濃淡のある空間は、自分たちで空間を意味づけていくことを可能にします。だからこそ、落ち着いた暮らしをもたらすだけでなく、自由を尊重し合い、学びを尊重し合うことができるわけです。こうして濃淡のある空間は、人の育ちを支えています。

ここでの空間の濃淡という言葉は塚本由晴氏が言った「空間の勾配」というものとも関係づけられるように思います。以前読んだときにはあまり理解できていなかったですが、今なら人と空間をより関係づけて理解できそうな気がします。

屋久島で受けたカルチャーショック

4人の専門家は共通して、子どもが日々の暮らしの中で、自由に遊ぶことによって得られる学びについて語られていたように思います。

こんな時、屋久島に移住した時のカルチャーショックのようなものを思い出します。
僕は、中学一年の秋まで奈良県の五條市というところで過ごし、その後屋久島に移住したのですが、屋久島の子どもたちは、学校の掃除や遊び一つをとっても、自発的というか当たり前にというか、自分で考え行動しているように見え、それが妙に大人びて見えました。一方自分は、大人と子供を分け、半ば反発的に自分を子どもの側に位置づけていたのが、まさに子供っぽく感じて、そこに思春期特有の劣等感に近いものを感じたことを思い出すのです。

奈良にいた時もそれなりに田舎で、自然の中で育ったように思うのですが、島の子どもたちは、自分で鰻を獲ってさばいたり自然の中で遊び、家や地域の中で仕事を手伝ったりする機会も多く、自然と「大人」と同じように育ったのだと思いますが、それまでの自分はやはり「子ども」として育ったのだと思います。(僕も、その後父の始めた農業を手伝ったりすることで、さまざまな事が学べたように思いますし、今まで、その経験に何度も助けられたように思います。)

こんな経験もあって「生活の中で学ぶこと、それが失われつつあること」に特に関心をもったり、象の建築が好きだったりするのかも知れません。

[ 追伸 ]
読書記録200冊目達成しました!




保育の現場で「どうしてそうするのか」の原則を共有するために B199 『環境構成の理論と実践ー保育の専門性に基づいて』(高山静子)

高山静子 (著)
エイデル研究所; B5版 (2014/5/30)

環境構成という専門技術

この本では、さまざまな園の異なる実践に共通した原則を説明することを試みました。原則は、実践の骨組みとなる理論です。原則ですから、理想の園や理想の環境を想定して、それに近づくことを求めるものではありません。人が太い背骨を持つことでより自由な動きができるように、それぞれの保育者が、環境構成の原則を持つことによって、より自由で柔軟な実践ができればと願っています。

保育園、幼稚園、認定こども園などの保育施設での保育に関する理論を何かしら知っておきたい、ということで手に取ったのですが、めちゃめちゃ参考になりました。

例えば、学童期以降の子どもは、机に座り教科書を使って抽象的な概念を学ぶ、ということができます。
しかし、乳幼児はまだそれができないので、自ら直接環境に働きかけ、体験を繰り返すことで、さまざまなものを学んでいきます
直接教えるのではなく「環境を通して」教育を行うのが原則で、保育者はそのために、子ども自らが学べる環境を構成していく、というのが幼児教育の一番の特徴・独自性のようで、とても腑に落ちました。

そのために、保育者には、高い専門性に基づいた広く深い知識と環境構成の技術が求められるのですが、それは「園と家庭や地域とのバランス、安全と挑戦などのさまざまな矛盾の中でのバランスを踏まえた上で、その時々の個々の子どもの状態に合わせた環境の構成・更新を繰り返す」という非常に高度なものです。

そのような実践のための理論を体系的にまとめたのが本書ですが、保育に求められることの専門性と理論の大枠がイメージできたというのは大きな収穫でした。
また、僕はこれまで、子どもが育つ上での建築をどうつくればいいか、というのを一番のテーマとして考え続けていて、「「おいしい知覚 – 出会う建築」」というところに辿り着きました。
そこで辿り着いた考え方と、保育の分野での考え方と重なる部分が多いように思ったのですが、それがあまりにもぴったり重なるのにびっくりしました。(もともとの問題意識の設定からすると当たり前といえば当たり前なのかも知れませんが、もう、保育施設を設計するためにこれまでがあったんじゃないか、くらいに感じます。)

理論の必要性と展開

では、そのような理論をなぜ知っておきたい、と思ったのか。

例えば、保育のための空間を設計するという場面を考えた時に、個人的な体験や好みで決められることも多いような印象があります。それがスタートでも良いと思うのですが、保育の現場では特に「どうしてそうするのか。そうしたのか。」が説明できた方が良いと思いますし、そのために「太い背骨」となるような理論があることは非常に有効だと思うのです。

「どうしてそうするのか。そうしたのか。」ということは、建物の設計や建設の段階では、多くの関係者が同じ方向を見て良いものをつくっていくために必要なものです。
また、建物ができた後の実際の保育の現場でも、保育者や保護者等の関係者が、同じ方向を見て良い保育を実践していくために必要なものだと思います。そして、それが子どもたちのよい体験へとつながります。

園の目指すもの・思想といった大きな枠・物語は園長先生等トップが描くことが多いと思いますが、保育者や設計者がそれをプロフェショナルとして実践のレベルでさまざまな要素に落とし込んでいくには、専門的な理論の枠組みを掴んでおくことは非常に大切です
その点でこの本に書かれているものは、まさに!という内容でした。

この本で学んだ背骨としての理論を実践として展開できるように、さまざまな事例や理論の研究を進められたらと思います。
同じ著者の実例よりの本も買っているのでとても楽しみです。)

建築に求められるもの

ところで、環境構成は状況に応じて臨機応変に行われるべきものです。そんな中、建築空間には何が求められるでしょうか。

園が子どもも興奮させ一時的に楽しませる場所であれば、できるだけにぎやかな飾り付けが良いでしょう。しかし園は、子どもの教育とケアの場です。そこでは、レジャーランドやショッピングセンターの遊び場とは一線を画した環境が求められます。子どもたちが、イメージを膨らませて遊んだり、何かの活動に集中するためには、むしろ派手な飾りがない落ち着いた環境が望ましいと考えられます。

著者は、基本的には子どもが個々の活動に集中できるように一歩引いた存在であるべきという前提です。
例えば、空間を構成する技術として「子どもの自己活動を充足させることが出来る空間」「安心しくつろいだ気持ちになれる空間」「子どもが主体的に生活できる空間」「個が確保される空間」「恒常的な空間」「変化のある空間」など挙げ、それらのバランスをとりながら空間を構成する、と書いています。

その他、さまざまな事が環境構成の技術・理論としてまとめられていますが、保育者のための理論という意味合いが大きいので、重点は個々の場面での環境構成という短いタイムスパンに区切ったものが多かったように思います。

それに対して、建築は、子どもにとっては建築は在園中の長い期間接するものですし、個々の場面だけではなく建築全体としても子どもの環境になりうるものです。また、それは街からみると、もっと大きなスパンで存在するものですし、風景としての要素も小さくはありません。

ですので、個々の発達段階の空間構成に寄与できる空間をつくるとともに、建築全体としても園の思想を表していること、まちの風景であること、子どもにとっての原風景となれるような建築体験ができるものであること、などが建築には求められるのではないでしょうか

特に子どもにとっては、住宅を除いて初めての長期的な建築体験の場になることが多いと思います。建築でしか出来ないような体験、出会いを作り出すことも設計者の大きな役割だと思いますし、そのための術を磨いていきたいですし、それは住宅も同じだと思います。




発達はエキサイティングで面白い B197-198『発達がわかれば子どもが見える―0歳から就学までの目からウロコの保育実践』(乳幼児保育研究会)『0歳~6歳子どもの発達と保育の本 』(河原紀子)

乳幼児保育研究会 (著)
ぎょうせい (2009/3/7)

河原紀子 (監修)
学研プラス (2011/3/15)

保育期間の子どもは目まぐるしく成長していき、その発達段階に合わせて、必要な支援や環境に要求されるものが変わってきます。
保育園、幼稚園、認定こども園などの保育環境を設計する際にはそれに対する配慮と想像力が必要だと思い、読みやすいものをまずはざっくり読んでみることに。

上の本は、発達段階の区分が細かくテキスト量が多かったり、観察ポイントの開設やコラムが充実していたりするので、発達の理解や疑問の解消に向いていそうです。
下の本は、イラストが多くて読みやすかったり、発達表がついているので、ざっと理解したり、設計の際近くに置いてイメージを膨らませるのに向いていそうです。

また、実際に自分の子どもの発達と照らし合わせながら遊ぶヒントにもなりそうです。

発達保障理論と新たなアフォーダンス形式の獲得

ところで、「発達」という言葉に初めて意識的に出会ったのがいつかと言うと、バリアフリーと福祉施設について調べていた時に見つけた「発達保障理論」という言葉が最初だったように思います。

その中で出てきた「発達保障理論」という言葉がとても心に残っていたので、引っ張り出して再び読んでみた。講師は福祉施設の館長であるが、考え方がとても自由でユーモアもあり好感がもてた(オノケン【太田則宏建築事務所】 » B028 『平成15年度バリアフリー研修会講演録』)

発達保障理論とは、何かを失いながらも何か意味のあるもの、価値のあるものを再獲得していく過程というふうに捉えることが出来る。つまり、私達の理論は最後まで、成長し発達し続けるんだいう理論、希望なんですね。

引用元のページで、いくつか引用として抜き出しているのですが、発想が建築的で面白いのです。(この方の書いた本がないか、と思い探していますが見つかっていません。)

この発達保障理論は、言い換えると、何かを与えられるだけでなく、いつでも主体的に何かと出会い、関係を切り結べる(それによって発達できる)ことを保障しよう、ということなんじゃないかと思います。
これは、障害者福祉施設の現場の視点によるものだったと思いますが、同様のことを保育の現場でも「子どもが自ら出会い、育つことを保障しよう」というように言えるのではないでしょうか。

また、アフォーダンスの視点はリードによって発達という視点にまで拡張されています。
オノケン【太田則宏建築事務所】 » B187 『アフォーダンスの心理学―生態心理学への道』

この本の価値は、ギブソンの理論を人間を取り巻く特殊な環境まで拡張するアイデアを提出したことにあると思う。

人間の際立った特徴は社会性を持つことによって、集団的に生きるための意味と価値を求めることが可能となった(文化と技術)ことと、さらに環境を改変することによって、それらを場所や道具、言語や観念、習慣等によって定着・保存しつつ環境に合わせて調整し続けられるようになったことにあるだろう。また、それらの意味や価値を適切なフレーム(相互行為フレーム:アフォーダンスを限定する「窓」)や場(促進行為場:子供が利用できるようにアフォーダンスを適切に調整した場。保育園や学校、家庭など)を設けることで引き継いでいくようなシステムも生み出されている。(これらは人間に限ってはいないが際立っている。)
人間の発達過程をもとにその流れを思考の獲得にいたるまで切り結びの一つ、相互行為を中心にまとめてみたい。

ここでは、アフォーダンスが発見される相互行為が、
・[自分]→[相手] [自分]←[相手]・・・静的・対面的フレームの中での二項的な相互行為
 ↓
・[自分]→→[モノ]←[相手] [自分]→[モノ]←←[相手] ・・・動的な社会的フレームの中での三項的な相互行為
 ↓
・[自分]→→[認識]←[相手] [自分]→[認識]←←[相手] ・・・<認識>の共有
 ↓
・[自分]→→[言語]←[相手] [自分]→[言語]←←[相手] ・・・<言語>
 ↓
・[自分]→→[言語]←[自分] [自分]→[言語]←←[自分] ・・・<思考>
と発達していく過程が描かれています。

これも、どんどんと出会いの窓が拡張されていく過程として保育の現場に重ね合わせることが出来るでしょうし、保育園を「促進行為場:子供が利用できるようにアフォーダンスを適切に調整した場」として捉えているところも面白いですね。

さらに、次の本の目次を一部抜き出すと、
オノケン【太田則宏建築事務所】 » B184 『知の生態学的転回1 身体: 環境とのエンカウンター』

第I部 発達と身体システム
第1章 発達――身体と環境の動的交差として 丸山 慎(駒沢女子大学)
第2章 運動発達と生態幾何学 山コア寛恵(立教大学)
第3章 ゴットリーブ――発達システム論 青山 慶(東京大学)

と、あるように、生態学的(アフォーダンス的)視点で発達を捉えています。もしかしたら生態幾何学的な視点で発達段階に合わせた設計をする、ということも考えられるのかもしれません。
また、要因と結果を中心に捉えられがちな「発達」をアフォーダンスの視点は動的で能動的な行為そのものへと引き戻してくれます。子どもの発達は、今目の前の行為の中にあるのです。

今回は分かりやすい2冊を選んで読んだけれども、事程左様に発達はエキサイティングで面白いものなんじゃないかという気がするのです。

(よく知らないまま季刊「発達」を数冊買ってみたので、どんな感じかちょっと楽しみ。)




子どもを中心とした2つの矢印 B196『まちの保育園を知っていますか』(松本 理寿輝)

松本 理寿輝 (著)
小学館 (2017/3/23)

子どもたちに多様な出会いの機会を

僕の大学の卒論は『コミュニティから見たコーポラティブハウスの考察』というもので、コミュニティというものを現代社会の中での有効性という視点から考えてみたい、という思いで書いたものでした。
下のリンク先にその卒論の冒頭部分を抜き出しているのですが、次の文がその時の思いを端的に表しています。

「建築の心理学」で、クリフォード・モーラーは人の心の健康は他人との実りある交流によって決まる。又自分のパーソナリティというものは他人と交流し、人々から評価を受けることによって作られるものであり、成長過程においてそれは特に重要である。というようなことを言っている。(オノケン【太田則宏建築事務所】 » 人と人との関係)

この時の思いは一貫して自分の中にあり続けていて、コミュニケーションの必要性を人を含めた環境全てにまで拡げて考えてきたのが『出会う建築』でした。
その「出会い」が「子どもの育ち」に必要不可欠なものだとすれば、子どもたちの多様な出会いの機会を担保してあげることが大人の役割だと思うのです。

また、社会学者の宮台真司は次のような事を言っています。

■日本的学校化の解除・異質な他者とのコミュニケーションの試行錯誤を通じてタフな「自己信頼」を醸成するような空間が必要 ■隔離された温室で、免疫のない脆弱な存在として育ちあがるのではなく、さまざま異質で多様なものに触れながら、試行錯誤してノイズに動じない免疫化された存在として育ちあがることが、流動性の高い成熟社会では必要。 ■試行錯誤のための条件・・・「隔離よりも免疫化を重要視することに同意する」「免疫化のために集団的同調ではなく個人的試行錯誤を支援するプログラムを樹立する」「成功ではなく失敗を奨励する」「単一モデルではなく多元的モデルを目撃できるようにする」(オノケン【太田則宏建築事務所】 » B045 『「脱社会化」と少年犯罪』)

現代社会を生き抜くためにも、コミュニケーションの試行錯誤・多元的モデルとの接触によってタフな「自己信頼」を醸成する、ということが必要であり、ここでもやはり「子どもたちの多様な出会いの機会を担保する」ということが大きなテーマです。

まちの保育園

さて、本著ですが、前半は著者がどのようにしてまちの保育にたどり着いたか、その経緯が語られます。
著者はただでさえ若い女性と過ごす時間が大半となっている保育環境にふれ、『人格形成機である0~6歳にどのような出会いを持つかが大切であるということを考えれば、もう少し多様な出会いを持てるといいな』と思うようになります。

また、レッジョ・エミリア市の文化(大人たちが皆当たり前のこととして『子どもたちが力を発揮できるために、今ベストといえる環境を自分たちで考え続け、つくり続けていく』文化)に触れ感銘を受けます。

そこから『子どもを中心にして、「子どもが育つ理想の環境」「大人も含めた理想的な社会や市民のありかた」を対話し続けていくことで、日本で拓いていくオリジナルな「まちの保育」をつくっていこう』と考えた著者は、その理念を実現すべくまちの保育園を開設しました。

「まちの保育」は『子どもの育ち・学びにまちの「資源」を活かす→まちが保育園になる』『保育園がまちづくりの拠点として、地域が豊かにつながり合う→保育園がまちの頼れる存在になる』という子どもを中心とした2つの矢印がお互いに向き合っているような関係で成り立っているようです。

レッジョ・エミリアでは、まち→こどもの矢印が強く見えるのですが、その前に日本ではまず一度閉じかけたコミュニティを拓くことが必要で、そこに子どもの持つ「存在感」「社会的役割」の意義が生まれます子どもを中心に置くことで「まちが子どもを育てる」と同時に「子どもがまちを育てる」ような好循環が生まれるのです。さらに「子どもの環境を/まちを・社会を」どうやって良くしていくかという「問い」が中心にあることで、まちが動き続けることが重要だと言います(結果主義ではなくプロセス主義)。

こんな風に「まちの保育園」は子どもとまちを絶えず動かし続ける「はたらきそのもの」のような存在であり、それが働き続けることで、子どもだけではなくまちも(「育てられる」のではなく)「育つ」のかもしれません。
そこに「はたらき」の存在を見出すことが著者の言う「プロセス主義」なのだと思いますし、そこではオートポイエーシスに関連して河本英夫が言うように経験を拓いていくような態度が重要なのだと思います。

まずは対話のテーブルにつこう

「大人たちが楽しそうに生活し、自分たちの信じられることをやっている社会」、それこそが、子どもにとっての理想的な環境なのではないかと思います。
(中略)
「理想的な子どもの環境づくりは、理想的な社会づくりと同じこと」なのです。

この本はこんなふうに締められるのですが、ここで騎射場のきさき市を主催する須部さんが”のきさき市のその先に子どもたちを見ている”というようなことをラジオでチラッと言ったのが思い浮かびました。あー、そこまで見ているんだな―。

これまでは「良い設計の仕事をしていたら、それが認められてやがて良い仕事が来る」ということで良かったのかも知れませんが、保育園一つをとっても、ただ建築物だけをみているだけではいろいろなことが捉えられなくなっている。そういう時代なんだと思います。まちがうごく、というような「はたらき」に身を置くことでしか見えないことや達成できないことがあり、建築もそれとは無縁ではいられないのかも知れません。

著者は「問い」や「対話」に教育や社会の本質を見出し、「まずは対話のテーブルにつこう」と言います。

僕も独立前後はいろいろなところに顔を出し、いろいろなことを考えるようにしていましたが、仕事が安定し忙しくなるにつれて「クライアントの期待に応えることを最優先しなければならない」と言い訳をしながらどこかに顔を出すことを制限するようになってきていたように思います。
しかし、一歩引いて大きな目線で見るならば、「対話」と「はたらき」に身を置くことはどこかで仕事(を通じて貢献したいこと)につながるような可能性を持っているのかも知れません。須部さんのラジオでの一言がきっかけでそんなことを考えるようになりました。

「まずは対話のテーブルにつこう」
もう一度そこから初めてみるのも良いのかもしれません
。(とは言ってもチビが保育園に入るまではなかなか厳しいわけなのですが。)

(追記)
今、保育園、幼稚園、認定こども園などの保育施設について集中的に学ぼうとしているのですが、「理想的な子どもの環境づくりは、理想的な社会づくり」というのは「理想的な子どもの環境づくりは、理想的な建築づくり」とも言い換えられると思います。
子どもの事を考えた建築は大人にも良いだろうし、大人がそれぞれ真剣に楽しんで向かい合った建築が積み重なることで子どもが育つに相応しい風景が生まれるのではないでしょうか。

ここで学んだことは住宅やその他の建築にもきっと活かせるはずです。




「子どもが育つ」状況に満たされた場 B195『ふじようちえんのひみつ: 世界が注目する幼稚園の園長先生がしていること』(加藤 積一)

加藤 積一 (著)
小学館 (2016/7/22)

コラボレーションの理想形

ふじようちえんは、佐藤可士和と手塚建築研究所がコラボレーションし、日本建築学会賞を受賞した建築として有名です。

この本は、そんなコラボレーションのもう一人の主役、園長の加藤積一さんから見た「ふじようちえんのひみつ」のお話。

その園長先生がこのコラボレーションについて次のように語っています。

可士和さんはその話を聞いて、「園長先生。僕はその子どもの育つ状況をデザインしましょう」と言いました。
状況をデザインする。
なんていい言葉でしょう。その状況を手塚さんが建物として形にしていきます。真ん中に「子どもの育ち」があって、「学びをデザインしたい」が「状況をデザインしよう」になり、「建物としてのデザイン」となっていったのです。そしてこの三極のスパイラルがいまでも動き続けているのです。

それは、三者が自分の役割を果たしながらコミュニケーションを重ね合い、同じ目標である「子どもの育ち」のデザインへと向かっていくという、理想的なコラボレーションの形のように思います。

どんな建築も例えば施主と設計者、施工者といった関係者によるコラボレーションです。
それがこんな風に理想的な形で建築に着地できたら最高ですね。

「子どもが育つ」状況に満たされた場

下の画像は内容を掴むためにノートにまとめたものですが、上は本書の「子どもが育つ状況説明図」を写したもの、下は園で実践されているアイデアを箇条書きで抜き出したものです。

上の図には「◯◯で育つ」という状況が建物内に限らず敷地いっぱいにみっちりと書き込まれていますし、下に抜き出したアイデアも60に達しました。

内容は、「一日中歩き廻れ、互いの様子が見え、屋根の上をぐるぐる走り回れる楕円形のプラン」や「力を入れないと最後まで閉まらない引戸」と言ったハード面から、「畑作り」や「ふじようちえん検定」といったソフト面まで幅広く、それらのアイデアは全て「子どもが育つ」状況をつくる、という一点へとつながるように考えられたものです。

こんな風に、ふじようちえんは「子どもが育つ」状況に満たされているのですが、その根底には子どもの観察と科学的な分析によってつくられたモンテッソーリ教育があるようです。

モンテッソーリとアフォーダンス、出会う建築

それでは、モンテッソーリ教育とはなんでしょう。
保護者などに聞かれたとき、まず私はごくかいつまんで、「それぞれの子どもの中にある、自ら育とうとする力を十分に発揮させてあげる教育です。」と答えています。

「子どもは自らを成長発達させる力を持って生まれてくる」
これが、マリア・モンテッソーリの得た結論でした。

モンテッソーリはこの教育を行う上で「環境」が重要な鍵になると考えます。子どもは大人が教えるから育つのではなく、環境と交流することによって育つのです。

「子どもは自らを成長発達させる力を持って生まれてくる」ことを前提に、「大人(親や先生)」は、その要求を汲み取り、自由を保障し、子どもたちの自発的な活動を援助する存在に徹しなければならない。

これらのモンテッソーリ教育に関する言葉は、僕がこれまで建築について考えてきたことに驚くほど似ています

僕は「何が建築にとって大切か」をずっと考え続けてきました。それを、アフォーダンスやオートポイエーシスと言った理論をベースに『おいしい知覚 – 出会う建築』としてまとめた事があります。

簡単に言うと、人を含めた動物は環境を探索することによって、環境との新しい関係を切り結ぶ可能性(アフォーダンス)を見つけ出し、それによって成長・発達していく存在であるし、そこに喜びもある。また、環境としての建築は多様な可能性(アフォーダンス)と出会えるものであり、そこで可能となる出会いの多様さや深さが建築の意味と価値と言える。というようなことです。
要は、その建築にどんな出会いの可能性が含まれているかが大切だ、ということです。
(かなり読み難いかもしれませんが、興味のある方は『おいしい知覚 – 出会う建築』を読んでみて下さい。)

人間が育ち、生活していくためには、そういう出会いの可能性を豊かに持つ環境が大切だと思うのですが、それは「子どもが育つ」状況に満たされることが大切、ということと重なります。

また、アフォーダンスの理論では、人は何かの刺激に対して反応して生きているのではなく、能動的に環境を探索することによって、そこから意味や価値を発見・抽出し、それを利用することによって生きている、というように機械論的受動性から生態学的能動性へと転換を図るのですが、それは先生に教えられるのではなく、子どもが自らを成長させる、というモンテッソーリの基本的な考えとよく似ています。

そういう視点で見ると、ふじようちえんは敷地も含めて「子どもが育つ」ために必要な出会いの可能性に満ちた建築、まさに「出会う建築」だと言えるのではないでしょうか。

これまでずっと『おいしい知覚 – 出会う建築』について考え続けてたのですが、保育園や幼稚園、認定こども園といった子どものための建築ほど「出会う建築」が求められている建物はないように思います。
これから、いくつかの読書録を通じて、子どものための場が、どのように「子どもが育つ」ために必要な出会いを生み出してきたか、またはどのようにして生み出せばよいか、を研究していきたいと思います。




新しい制度と希望 B194『図解入門業界研究 最新保育サービス業界の動向とカラクリがよ~くわかる本[第3版] 』(大嶽広展)

大嶽広展 (著)
4798050997

独立前の事務所では、幼稚園等の提案をしたりする機会もあったのでそれなりに勉強していましたが、制度の移り変わりが早い業界、もう一度いろいろ勉強し直してみようということで、保育園・幼稚園・認定こども園などに関連する本を30冊近く購入してみました。

その中で、まずは全体の動向を見てみようということでベタな一冊から。
特に2015年にスタートした「子供・子育て支援新制度」を起点とした変化について、全体をざっくりと掴むには良書だったと思います。

保育園や幼稚園が認定こども園へと移行していく様子や、多様な形態の保育サービスで保育環境を底上げしていこうという主旨がよく分かりました。

身近なところでは、ずっと気になっている保育園があるのですが、その保育園は企業主導型保育事業制度を利用していて、その仕組みと可能性がようやく分かったように思います。(この園、保育園のあり方としても、子どもの環境としても夢に溢れていてすごく素敵です。)

話は少しそれますが、昨日、「鹿児島市子どもの貧困対策講演会」があり、託児可ということもあって行ってみました。
統計的な資料を使いながら貧困世帯の子どもたちの現状が語られたのですが、子どもの権利をどう社会として守っていくかという問題は、私たちが普段感じている以上に大きな問題だと感じました。
そこには、私たちの意識の問題が一番根っこにあることは間違いないですし、その結果でもある制度の問題がやはり大きいのかもしれません。

先の保育園のように、新しい制度が生まれ、それが素晴らしいかたちで活かされているのを見ると、大きな希望を感じるとともにいろいろなことの動向を知ること、変えていくことも大切だと改めて思わされました。




構法論的想像力を身につけたい B193『内田祥哉 窓と建築ゼミナール』(内田 祥哉 他)

内田 祥哉 (著),‎ 門脇 耕三 (編集),‎ 藤原 徹平 (編集),‎ 戸田 穣 (編集),‎ 窓研究所 (編集)
鹿島出版会 (2017/10/5)

本著は建築構法学・ビルディングエレメント論(BE論)を唱えた内田祥哉による講座及び聴講者との座談会の記録である。

個人的にはまだ応えることが出来ていない大きな問題を再び投げかけられたように思う。

構法論的想像力

小さく乾いたものの集合として建築を考える、というのが、内田先生から教わったことだと隈はしばしば言っているが、これはBE論の隈独自の咀嚼なのではないかと私は理解している。(中略)普段は頼りになる機能論は、そもそも内田イズムでは最初から否定されている。それゆえに、建築を小さいものの集合としてつくっていくためには、新しい集合の論理自体を創造してくことが重要になる。(p.59 藤原徹平)

建築に対する想像力(解像度もしくは密度と言っても良い)にはさまざま段階もしくは位相があるように思う。

例えば、プランニングに対する機能論的想像力、立体的な場に対する空間論的想像力、まとまりの関係性に対する構成論的想像力、そして、建築の組立に対する構法論的想像力などを挙げられそうだ。

他人の図面や建物をみれば、どの位相の想像力がどの程度発揮されているか、(例えば、機能論的想像力は逞しいが空間論的想像力にはあまり力を入れてないな、とか)その密度感は容易に伝わってくるけれども、それらを実際に行使し具体的な建築に落とし込むことはなかなか難しい。

自分を振り返って見てみると、先に上げたものの内、構法論的想像力はまだまだ発揮できているとは言いがたい。

では、その他の想像力になくて構法論的想像力にあるもの、すなわち今の自分に不足しているものはなんだろうか

おそらく、それは建築をつくる、という人間の意志の現れのようなもので、これまでの言葉でいえば、「つくることとの出会い」のようなものだろう。
場や空間は多少つくることができるようになりつつあると思うけれども、建築そのものが「つくることとの出会い」を語るようなところにはまだまだ届いていない
これは、数年前から頭にあることだけども、構法論的想像力を鍛えることが自分の課題の一つだと思う。

和構法の自在さ

和小屋は日本の大工なら誰でもつくれる簡単な構法だという話がありました。誰でもつくれるほど簡単なことと、建築家がやらなきゃいけないことの境界がどこなのか、現在の状況の中で考えてみたいと思いました。(p.87 辻琢磨)

内田先生が、和構法は町家のフレキシビリティだとおっしゃったことがすごく大事なんでしょうね。決して書院や数寄屋や城のための構法ではない。庶民の構法です。(p.88 門脇耕三)

建築もサスティナブルが重要であるという以上は、フレキシブルでありつつ、変化の途上でもって、生活がうまくイカなくてはならない。そういう意味では、日本の町家は非常に素晴らしかった。現代の視点からすれば、町家は耐火や耐震の問題を抱えていますが、それでも僕が考える理想の建築に近かったんじゃないかと思っています。(p.188 内田)

おそらく皆さんは、そういう方向に向かって生きている時代に生きているはずで、皆さんは将来フレキシビリティを備えながら地震にも耐えられる新しい建築をつくるようになるのかもしれない。皆さんそれぞれが自由な建築を考えていくうちに、やがてひとつのスタンダードができ上がるはずだと、僕は思っています。(p.197 内田)

架空の水平面の上に束を立てていく和小屋・和構法とその自在さは容易に理解できるし、水平構面をきちんとつくって、その間を鉛直荷重を支える柱と水平力を負担する緩い壁が自由に配置されるというビジョンも分かりやすい。そして、それは構法論的想像力とも相性が良いように思う。

翻って、自分がこれまでつくってきたものを考えると、今のところ新築はすべて木造在来軸組工法で、構法的な新しさはない。
また、複雑な空間に連動して木造の軸組自体が一定以上の密度感を持つことを志向していたので、上に挙げた和構法のような一種のルーズさはどちらかと言うと削ぎ落としていくような方向だと思うし、そうして出来た抑制の効いたプロポーションにもある種の密度感が生まれるのではという気持ちがあったので、和小屋が持つフトコロのようなものはできれば小さくしようと考えてきた。(そこを攻めすぎるのもまた窮屈な気もするので、どちらかと言えば、という話だけれども)

そこには和構法の持つ構法的な自在さを目指す、という意識はなかったと思うのだけれども、果たしてそれで良いのか。

和構法的構成には現実的なフレキシビリティだけでなく、表現としてのある種の開放感が備わっているように思う。
それを、建築の規模、予算や技術の制約の中で自分なりにどう消化するか、というのが(構法論的想像力を鍛えることも含めて)今の自分の課題なのだろう。

そして隈は、このような建築=芸術という癒着を切り離し、建築を芸術、工学、科学の正しい三角関係に置き直すことに成功したのが内田祥哉であり、それゆえに日本の近代建築は救われたという。(p.57 藤原徹平)

構法論的想像力を、機能や空間や構成と言ったものとは独立したものとして一旦切り離してみる訓練をした方がいいのかもしれない。

もしかしたら構法論的なあり方は、建築という概念の中では親のような存在で、機能や空間や構成その他はその子どものようなものなのではないだろうか。
そんなことを考えさせられた。




意志のこもった言葉と、その風景とが同じものに感じた B192『koshiki―ただ、島と生きている。』(ヤマシタ ケンタ)

著者:ヤマシタ ケンタ
撮影:jijifilms 高比良 有城
渕上印刷(2017/8)

戦闘モードが解かれる島

前回の読書では、社会に溶け込み、どこにいても<わたし>を目覚めさせようとする広告とそれに対する<気散じ>という身体技法をみたわけだけど、その時に何度も頭に浮かぶ風景があった

それは、ゴールデンウィークに現場の確認を兼ねて家族で渡った甑島でのこと。
島を散策していると、拍子抜けするというか何というか、何かが抜け落ちている、という一種の不安にも似た不思議な感覚があった。
その時は良く分からないでいたのだけど、後でその時の写真を見てみると、そこにはこちらのスキを伺うような情報・広告の類がほとんど写っていないことに気がついた。
そこでは溢れる広告に対して身につけた<気散じ>の戦闘モードが空回りし、それが拍子抜けしたような感覚につながったのだと思う。
(⇛その時のFacebookの投稿

僕は島内の生活者ではないので、あくまで外から訪れる者としての視点しか持てないけれども、僕の中での甑島は、<気散じ>の戦闘モードが強制的に解除され、いつもと少し違う<わたし>と向き合える貴重な場所、として記憶に残った
僕の実家は屋久島にあり、同じような感覚は屋久島でも感じるのだけども、圧倒的な自然と格闘しながら溶け合っていくような屋久島での戦闘モードの解かれ方とはまた少し違う感覚だった。

ただ、島と生きている。

さて、この本は甑島の風景が淡々と何事もないように切り取られている一種の写真集であるが、そこにはわずかばかりの言葉がぽつぽつと添えられている。

それらの言葉の裏には、淡々とした写真とは違い強い意志のようなものが感じられる。
と、同時にそれらの言葉は淡々とした写真が写しているもの、『ただ、島と生きている。』ことそのものに溶け込んでしまって同じもののように感じられた

どうしてそう感じたんだろう。

僕が大学生の頃だったか、屋久島に帰省して近所の山のポンカン狩りを手伝っていた時だったと思う。たまたま他所から屋久島に来ていた二人組がポンカン狩りに参加していて、しきりに「いいわねー」と言っていた。
その時に何かよくない感情と思いつつ違和感を感じずにいられなかったのを時々思い出す。

その「いいわねー」という風景は、そこに住み続け、自然と格闘しながら生活をしている人々によって支えられている、ということをこの人達は考えたことなんてないのだろう。そんな風に意地悪な思いが頭をよぎった。
今思うと、他人事のように「いいわねー」を繰り返す人も、その風景を支える一人に違いなかったんだけども。

そんなことを思い出しながら、やっぱり、意志のこもった言葉とその風景は同じものなんだろうと思った。

そんな、自分が生きているということと、何かが一致していると感じられるような生活は、一人の人間としてはやっぱり少し羨ましくもあったりする。(これも観光客の「いいわね―」とそんなに違わないなと思いつつ。)




メガネと広告とわたし B191『広告の誕生―近代メディア文化の歴史社会学』(北田 暁大)

北田 暁大 (著)
岩波書店 (2000/3/6)

この本は2000年出版でだいぶ前のものだけど、たこ大の課題図書だったため興味を持ち購入したもの。
気がつけば読書記録も2年近くストップしていた。読みっぱなしで身につかないままの本も溜まってきたので、これを機会になんとか時間をみて再開してみようと思う。

メガネと広告とわたし

通勤・通学というきわめつきに凡庸で退屈な場面においてどうしてもわれわれが感じてしまうあの、<いま、ここ、わたしだけ>という感覚、共在する他の人間の姿は見ることができるのに、他者=隣人の存在を信じることができなくなってしまうようなあの経験。住居のような「私的」空間においてではなく、逆説的にも、非私的であるはずの都市空間に踏み出すことにおいて現前する、純化された「私性」
・・・(中略)・・・
広告という存在が、われわれの生活世界の中へと静かに滑り込んでくるのは、まさしくこうした空虚で所在なげな日常の位置場面においてであろう。いわば広告は、「通勤する」「読書する」といった目的意識が弛緩するふとした瞬間に<わたし>の一瞥を捉えるべく、虎視眈々と息をひそめて日常世界の襞に待機しているのだ。(p.2)

2000年問題というワードが記憶に残っているからこの本が出版された頃だと思うけど、建築を学ぶために上京していた時のことが思い出された。

その時は、売れない芸人のような極貧生活をしていたため電車代が出せず、借りていたアパートのある千歳船橋から六本木の事務所まで、片道1時間ほどの自転車通勤をしていた

東京の街中を通過するため、目には多くの人々とともに様々な広告群が飛び込んでくる。
最初は建築を学ぶ身分なので街を体感するいい機会くらいに思っていたのだが、4日目頃には何かに耐えきれなくなって、それからは通勤時はメガネを外して自転車に乗るようになった

上京は一時的なものと考えていたので知り合いはほとんどいないし、極貧生活を送っていたため広告の類もほとんど自分には縁のないものばかり。そんな状況だったので、この感覚はよく分かる。

この頃は孤独をあえて受け入れようと思っていたのだけども、今思えば広告によって<わたし>がより純化されたかたちで目覚めさせられることが怖かったのだと思う。
孤独であろうと思って上京していながら、孤独というものを受け入れ・向き合うことができなかったのだ。
そして、わたしは広告すなわち<わたし>を拒絶し、メガネを外した

広告コードと身体性、<香具師的なるもの>と<気散じ>

さて、この本は副題にあるように近代メディアとしての広告と受け手との関係を歴史を追いながら社会学的に捉えようとしいている。

その際に用いられているのが、
<広告である/ない>というバイナリーコードの作用をめぐる問題系と意味作用{コト的次元の系譜学} と 受け手の身体性と広告の関係{モノ的次元の系譜学} の二つの視点による系譜学的方法。
・広告が持つ<香具師的なるもの>と<気散じ>の身体性というキーワード
である。

広告コードが未分化の時代から、広告コードを獲得し、やがて、散逸そして融解していく様、それに合わせて受け手の身体性、広告との関係性も変化し、<気散じ>という身体技法を獲得していく様、また並行して広告が背負い込んだ<香具師的なるもの>の変遷、が社会情勢や印刷技術などのコンテクストとともに描かれる。

私たちが生きていく社会は、その社会に融解しながらふいに<わたし>を目覚めさせる<香具師的なるもの>として存在し、眠ることも目覚めることも許さないような広告とともにある社会である。とするならば、そんな社会に生きる我々にはどんなあり方が可能なのだろうか
そんな疑問が頭に浮かぶ。

しかし、著者は終章で

表象の制度としてはあまりに脆弱で、それゆえにいかなる文化表象にもまして、近代に生きる主体の両義性を赤裸々に物語ってしまう広告の潜勢力をまずは見極めること、その歴史性を対象化してみること、そして自らも生きる現代という近代の複雑な様相を矮小化することなくそのものとして捉えること。こうした視座に徹することにより、広告を善悪の彼岸にある実定的な契機として眺めてきた。それはそう、ちょうど、楕円を円の逸脱体としてまなざす思考からの、ロジカルな、そしてシニカルな脱却を意味するだろう。
広告という不定形の装置は、楕円としてたえまなく多様な方向性をもって運動する近代という時空間に生きる、どうにも落ち着きのない<気散じ>する身体を可能にする一つの契機であった。(p198)

と述べた。
広告はその時代の結果であると同時に、時代と並走し、われわれと並走する契機だったのだ。

自分の言葉に引き寄せて言うならば、目的合理的な行為ではなく、行為合理的な行為としての<気散じ>という身体性を獲得した遊歩者は、生態学的な「出会いの作法」とでも呼べる態度に近づいた存在であり、広告はその契機としてもあった。となるだろうか。(その際は<気散じ>は、生態学的な探索行為の一形態として捉えなおしてみてもいいかもしれない。)

私が拒絶した広告のある風景は、そのころから追い求めていた「ポストモダンの世界を生き抜く作法」への扉をあける鍵の一つだったのかもしれない

だとすれば、その扉の先にあるはずの建築へと続く、何らかのヒントが含まれていたはずだ。

できることならあの頃の自分に会いに行き、外したメガネを再びかけなおしてあげたい。




HTGH写真アップ


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