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SA・KURA・JIMAプロジェクト

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土曜日、都城に行った後岩川の知人宅に泊めてもらい(こうちゃんありがとう!!!)今日は桜島のアートプロジェクトを見に行ってきました。

いやぁ、楽しかった。
楽しかった以上に言葉が浮かばないのですが、ほんとわくわくしましたね。
ついてそうそうデジカメのバッテリーがまたもや切れてしまったのですが、この雰囲気を記録できないのが残念で、あつかましくも受付をされてたお姉さんにデジカメを借りてマイSDカードに記録させてもらいました・・・あわてて撮ったので手ぶれしまくりですが(無理を言いましたが本当にありがとうございました。)
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この雰囲気はきっと現場でなくては伝わりません。
29日までの予定が8月5日まで延期になったそうなので是非直接体験してください。
SA・KURA・JIMAプロジェクトHPはこちら

こういう活動と都城市民会館を残したいという思いはなんとなくつながる気がします。

(ふと、地方に一定規模以上の大型店を出店する企業はバランスをとるため、こういう活動や都城市民会館などの保存に関わるコストを負担するような制度があってもいいのでは、と思いました。ふとですが。)

あと、今日は選挙にも行きましたが、なんとなく風が吹きそうな感じがありますね。
都城にも風が吹かないだろうか・・・




都城へ

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都城で『DOCOMOMOフォーラム都城』があったので妻と息子をつれて言ってきました。
内部見学を楽しみにしていたのですが、午前中に見学したようで見れずに残念。市民会館は今、工事中のような扱いでおおっぴらには公開できなかったようです。
それでも、充実の講師陣でこれほど貴重な話が聞けるとは思っていませんでした。

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講師陣は右より
■兼松紘一郎氏(建築家・東京・DOCOMOMOJapan幹事長)
■田島正陽氏(建築家・福岡・元JIA九州支部長・DOCOMOMOJapan会員)
■彦坂尚嘉氏(現代美術作家・アートスタディズディレクター)
■倉方俊輔氏(建築史家・東京理科大学、明星大学講師)
■磯達雄氏(建築ジャーナリスト・『昭和モダン建築巡礼』著者・「BankARTスクール」講師)
■五十嵐太郎氏(東北大学准教授・建築史家)

あと忘れてはならないのがこの会を主催して下さった宮崎のヒラカワさん。実は講師陣の多くは依頼があったのではなく自腹を切って自主的に来られたそう。(磯さんは僕と同じくヒラカワさんのブログを見てこられたそうです。ブログの力も侮れません。)

本当は妻にも聞いてもらいたかったのですが息子がはしゃぎ出したのですぐに外に出て子守になってしまいました。(会は盛り上がって1:30から5:00まで。すんません。子守ご苦労様でした。)

それにしてもここだけではもったいないぐらい面白く、かつ胸に届く話が聞けました。
都城市民会館が日本の高度成長時代という特異な時代に生まれたかけがえのない存在であることが良く分かったし、そうでなくても風景や記憶を形づくっているものを目先のことだけで簡単に壊してはいけないと改めて感じました。

話の内容を細かく説明はできませんが、各話で出てきたキメラ・怪獣、キャラ、乱暴な建築、41流性・超一流といった言葉のうちに共通して僕が感じ取ったのは、この建築には人間の中の野生だとか、どちらかというと自然の側に属するものが体現されているということ。

僕は1歳になった息子を連れて行ったのですが、こういう貴重な建物が壊され、街中から歴史だとか、人間の中の自然に属するものだとかが消え去り、つるっとした平和なものばかりになってしまったとしたら(かなりそうなってしまっているけど)、そういう環境の中で育つ子供たちはいったいどんな感受性を持つのだろうかと、大きな不安を感じます。

(そういった不安の裏返しが逆に実存的建築家に若い人なんかが魅力を感じる要因になっているのかもしれない。倉方さんの吉阪隆正とル・コルビュジエも読みたいと思っていたところ。何かヒントがあるかも)

今ではこの建物のような性質のもの(環境)は、特にこれからの世代にとってかなり貴重な存在であると思う。

それを壊すということは子供たちから風景や歴史や自然を奪うということになるのではないか。

この建物だけの問題ならよいが、今でも十分に様々なものを奪っている。せめてこのような建物ぐらいは残しておくという選択を大人はすべきではないだろうか。

最初の画像は磯さんのスライドよりアノ人と都城市民会館のコラージュ(?)。けっこうこの建物の重要性をあらわしているように思います。また、この講演をテープお越ししたものができれば下さいとお願いしてきました。もし、公開しても良いという返事が貰えたらここでも紹介したいと思います。やっぱり多くの人に聴いてもらわないともったいないし、そうでないとこのイベントの意義が薄れてしまいます。あと、その後の懇親会にいけなかったのが残念。その後の予定をいれてました・・・。




B116 『WordPress 2.2でつくる!最強のブログサイト』

乙彼 三太郎; 田中 広将 (著)

ソーテック社 (2007/6/18)

なんとかブログの引越しもかたちになってきました。(ブログ内リンクはほとんどFC2ブログにリンクされたままですが。ぼちぼちやります)

そして、今日本屋に行ったときについこの本を買ってしまいました・・・。

前はHTMLだとかCSSだとかFLASHだとかこの手の本は気が済むように買っていたのですが、家庭を持ってからはそういうわけにもいきません。だけど、やっぱり一冊はないと訳が分からん。

訳が分からないなりにネットの情報などでここまではやりましたが、ここらが限界です。ということで、とっておきの図書カードを使ってしまいました・・・。そのうちサイトデザインなんかで小遣い分でも稼げないだろうか・・・。

とりあえず、WordPress なかなか良いです。

プラグインなんかも豊富だし(Amazonへのリンク作成も楽ちん!)、ブログ記事とは別に”ページ”というものを作れて、それがホームページ+ブログみたいなサイト構築に向いていていろいろと可能性が広がります。

なんか、他のCADからVECTOR WORKSに乗り換えたときに、レイヤーとは別にクラスという階層構造をつくれたのと似ているなぁ。

あぁ、いろいろとイメージが・・・。




BLOG引越し中

FC2ブログで行こうかと思っていたのだけれど、ドメイン内でどうしても完結したくなって週末に引越しに挑戦することにしました。
MOVABLE TYPEは商用になるとライセンス料がかかるのでサーバーが対応しているWORD PRESSでブログを構築することに。

PHPだとかいまいちよく分かっていないんだけど試行錯誤でどうにか表示スタイルも編集できた。(ナビゲーションをもっと強化したいけど、それは今後の課題に)

最初は手作業で移動していたのだけれども、FC2のバックアップファイルをMOVABLETYPE形式に変換するフリーソフトを見つけたので一気に記事は引っ越せました。

あと、画像やリンクがほとんど切れてるので過去記事はぼちぼち修正していきます。

かなりの手間だけどせっかくドメイン取ったんでがんばろう。




模型


前は模型は土日にまとめてつくっていたけど、今回は平日息子が寝てからの時間に挑戦。
毎日少しずつ、1週間ほどで出来ました。3つほど模型をつくりためてるので今週末にでも加世田で撮影しよう。




B115 『デザインの輪郭』

深澤 直人
TOTO出版(2005/11)

「01デザインの輪郭」から「40自分を決めない」までの小さなエッセイや言葉の断片、対談などを集めたものだけど、飾った言葉ではなく、鋭いセンサーで捉えた実感による生の言葉が並んでいて非常に身にしみる。

個人的には「15灰汁(アク)」のところに共感した、というか僕はこのあたりでうろうろしている。

アンジェロ・マンジャロッティみたいな人は、あくが出てしまう。それが個性かもしれない。ジャン・プルーヴェもそうですね。どうみたっておかしい。なのに、すごく魅力がある。だから悔しいです。
僕にはあくが出せない。洗練されすぎていると思います。・・・中略・・・でも、今はあまり迷いはないですね。僕はこれから自然に無理なく変わるだろう。無理なく変わっていくことが、僕に課せられたプロセスだろうと思っていますね。今までは、自分の目指したところに到達しようとして、いろいろ余計な筋肉を使い、余計な力を加えてきた。その力を抜くことによって、最後のバランスをとったというのがいまだと思います。

けっこうあくのあるものが好きだったりするけど、僕はまだ自分の中から自然に出てくるあくというものを持てていない。自分の奥底には存在していると信じ、早く顔を出して欲しいと願ってきた。だけど、それはちょっと筋肉の使い方を間違ってたのかなと思うと少し楽になった。
もしかしたら、少し力を抜いて自然体で建築に向き合ったときに、初めてじわぁーと自分の中からあくのようなものが滲み出てくるのかもしれないな。
(100冊書き終えて最近ようやくそんな風に思えるようになってきました。)

密度の濃い言葉が詰まっていて、なかなか選びにくいけどメモ代わりに気になったところを少し抜き出しておく。

・輪郭には、相互にさまざまな関係の力が加わっている。そのものの内側から出る適正な力の美を「張り」といい、そのものに外側から加わる圧力を「選択圧」という。
・壁の表面の光が人間に何らかの圧力を加えているとも考えられる。
・「張り合い」という言葉があるように、生きるための目的、あるいは「生きがい」ともいわれるものがその人間に加わる力であって、それを押し返す力によってバランスされている状態が張りであり、それによって表に現れる力の徴憑が、張りを視覚化しているのではないかと思った。
・ものがアイデアを語ってはいけない。デザインとは概念を見せるものではなく、まず道具に徹することである。徹することで浮かび上がる共感のもとは、人々の日常の記憶の断片なのである。
・気づいた人はちょっと微笑み、気づかなかった人は行為が止まらず流れていくということでいい。
・誰でも得ようとすれば得られる感覚が失われているんです。これは普通のよさの感触を忘れてしまったからなんです。忘れたのは、感触なんです。あるいは、若者は特に、その感触を味わったことがないということかもしれない。
・自己が汚れなく謙虚に道具に徹するという意気、技能の卓越さをもって自己の存在を消す努力の跡、完璧を試みて達成できなかった悲哀のような思いの痕跡が消えてしまったのだ。
・ものをたくさんもっていることはかっこわるい。
・デザインは、常にそこにある状況をよくしているだけであって、歴史的に、時系列的にどんどんよくなっていると思ったら大間違いです。・・・人間は、他人のためにやっているという感情をもってやると、汚れてしまいますよ。
・でもこのだらだらは、アイデアを熟させるためには大切なんです。だらだらしているときに冷めてしまうアイデアだったらやってもしょうがないし。
・デザインを勉強しているときは、デザインとはこうあるべきだみたいなものが存在していて、そこに導かれていくものなのかと思っていたけど、そんなものは何もなくて、確固たる美なんてものはどこにもないと思ったときにポーンと抜けて、それからは無理なくアイデアがどんどん出るようになりました。
・誰かがつくり育ててきた豊かさがいいからといって、そちらに移り住んでしまうのは身勝手な気がした。日本という生まれ育った土地で、そこのために仕事をするということ。自らがその条件の下で豊かになっていくことを考えるべきだと思っていた。
・「これだけあればいい」という思いは、生きる上での強さを与えてくれる。「欲しい」という感情は自分を不安にさせる。




DOCOMOMOフォーラム都城

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何度かお伝えした事のある都城市民会館ですがDOCOMOMOに選定されたのを機にシンポジウムが開かれるようです。

基調講話をDOCOMOMO幹事長の兼松さんが、特別ゲストとして、田島さん(建築家・前JIA九州支部長)、磯達雄さん(建築ジャ-ナリスト・「昭和モダン建築巡礼」著者)、五十嵐太郎さん(東北大学准教授・気鋭の論客である建築史家)、倉方俊輔さん(新進気鋭の建築史家・東京理科大学、明星大学講師)などが参加してくれる予定です。((都城から建築をこめて)より)

会館の見学会も予定されているようです。(そうならないことを祈りますが場合によっては内部が見られる最後の機会になるかもしれません。)
感心のある方は参加してみては。

追記.内部見学については市側と交渉中のようです。




B114 『クチコミのチカラ』

Amazonで購入
livedoor BOOKS
書評/IT・Web


本が好き!より。

『マスメディアを使って大量の広告を投下する垂直型の』マーケティングから、ブログ記事の連鎖などのクチコミによるマーケティングへの変革を説く。

僕ら(例えば設計事務所)がマスメディアを使って大々的に広告を打つ企業などに対抗するには、限られた選択肢の中でうまく情報を伝える工夫をする意外にない。
方法は地域情報誌や専門誌、DMやブログを利用したりといろいろあるだろうが、決定的な力を持つのはやはりクチコミであるし、クチコミの連鎖をどうつくるかが生命線であるといっても良いかと思う。
そういうわけで飛びついたのが本書。

内容は良くまとまっていて、さまざまな例を基にクチコミマーケティングの勘所を説明していく。
その勘所は、一読してなるほど、その通りと思うものばかりだが、それらは逆に言うとマーケティングの素人でも、ネット上などでそういう事例に接している人であれば、じっくりと考えてまとめれば思い浮かぶものばかりで特別な驚きがないとも言える。

しかし、それはまさしくマーケティングの視点が企業から市民(消費者)へとシフトした結果なのかもしれない。(市民(消費者)がこれまでのマーケターの役割も果たすわけであるから、マーケティングそれ自体に一定の分かり安さが必要なのであろう。)

自分のこととして考えると、結局、一番は情報価値を高めることであり、正直・誠実であるということ。あとはエンタメ価値や世論の形成価値を付加していく。ということに行き着くのかなぁ。

『クチコミ・マーケティングの18の法則』なども載っているけれども、新しいマーケティングを単なるテクニックとして捉えないように注意する必要があるのではないだろうか。
その舞台がインターネットという変化の激しい場所であるし、クチコミを支えるインフルエンサーは情報感覚の鋭い人達に違いないから何度も同じテクニックは通用しないし飽きも早いと思われる。
おそらくマーケティング手法そのものが消費の対象となるだろうからかなりのクリエイティビティが必要だろう。
これは面白いけど大変だ。

さて本著。現時点でのクチコミ・マーケティングの概要に触れるには良著だと思います。本著で要点を掴んでそれをどういかすかはあなたの創造力しだい、と言ったところでしょうか。

気になるのはあのTUGBOATが手がけてる”DOCOMO2.0″のCM。
反発を買いそうなCMの出だしと言い、”DOCOMO2.0″ => “ドコモニイテンゼロ” => “ドコモに移転ゼロ”という自虐ネタと言い、ネタ度数がかなり高いのですが、それが偶然ではなく < ネット上のクチコミ・マーケティング> と < これでもかと言う王道のマスメディア利用> のコンビネーションによって最終的には最大の効果を出すというシナリオがあり、もしそれを実現させるとなればさすがと言うほかありません。
ほんとのところどうなんでしょう?




引き算的なるもの

引き算的なるものを思いつくまま挙げてみた。

– 原付を自転車に
– ルームランナーを万歩計に
– 自動車をバス・電車に
– マイカーをレンタカーに
– マイカーをシェアカーに
– エレベーター・エスカレーターを階段に
– レジ袋をマイバックに
– 外食を自炊に
– 炊飯器を圧力釜に
– 漬物を自家製に
– 扇風機を通り抜ける風に
– エアコンをパッシブソーラーに
– 3LDKをワンルームに
– 洋服をセルフリフォームに
– 治療医学を予防医学に
– バーバーをマイソーサーに

又、CheckPadでリストを共有してmeddo氏にも挙げてもらった。(勝手に使ったよ。)

– テレビを見ない。
– タバコを吸わない。
– 会社に行かない。
– 休みに何もしない。
– デザイナーズチェアーを空気イスに。
– エレキギターをエアーギターに。

”会社に行かない”なんてっ、と思ったあなた、ちょっと待って頂きたい。meddo氏に言葉を借りるなら”深読み革命”をするつもりでこの言葉に向き合うならば、この奥に隠されたさまざまな可能性が見えるでしょう。
他の項目についてもしかり。さすが深いなぁ~。

じっくり考えたらまだまだ出てくるでしょうが、とりあえずこんなところで。

P.S
他にはどんなのが思い浮かぶでしょう?




引き算の成果

例の勝負は今のところ決着つかず、というところです。
このままでは、夏が終わるころには筋肉ムキムキ夫婦になってるかもしれません。

足し算的な考え方、引き算的な考え方というのがあると思います。

例えば運動不足の上に偏った食事で体調がすぐれないときに、ジムに通い、薬やサプリメントを摂り、DVDを買うのは足し算的な考え方。

それに比べて、僕の挑戦(?)は引き算的だと思います。

原付を自転車に変えるだけで、健康を手に入れられる上、ガソリン代が毎日の野菜ジュースに変わり(1日のガソリン代がおよそ120円)、気力・体力、おまけに毎日80分のボーっとする時間ができるので知力もつきます。
足し算的な解決策に比べると、ジムに通ったりDVDに向かう費用や時間も節約できます。

対処療法的に足し算をしていくとどこまでも際限がありませんが、根本の原因を見直し引き算的に対処することで、足し算的な対処よりもより多くのものを得られるということは多々あると思います。
引き算の過程には知恵や工夫の入る余地もふんだんにあるので、考え方を変えることで多くの楽しみも得られます。(何よりも、引き算のほうがエレガント!)

ただ、資本主義の社会は消費を促そうと対処療法的、足し算的なものを、あたかもそうしなければ怠惰だといわんがばかりにしつこく、狡猾に勧めてきますが。

同じようなことが住まいにも言えると思います。
資本主義社会の囁きに少しの間耳をふさぎ、じっくりと引き算的に住まいを見つめてみた方が、自然とのつながりや安らぎといった、より多くのもの、当初の目的であったはずのものが得られるのではないでしょうか。

足し算をする前に、そもそも「何が目的」で「何が原因」かを少し立ち止まって見つめなおし、増やすのではなく減らすことはできないかを考えてみるのも楽しいものです。

(ちなみに体重はまだ引き算されてないようです・・・)