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B033 『建築の終わり―70年代に建築を始めた3人の建築談義』

岸和郎 北山恒 内藤廣
TOTO出版(2003/05)

建築はイデオロギーから直截な形態の問題となった。そして形態の問題は分かりやすいため容易に政治的権力や資本権力の道具になる。そんな状況に無自覚であることを僕は「建築の終わり」と感じている。
「建築とは制度的存在である」なんて、今の感覚ではずいぶん重たい話のように思えるのだが、そんなに簡単には社会の構造は変わらない。現在はさらに巨大な力の構造性のなかに取り込まれているために、そのメカニズムはみえないものとなっているだけなのだ。だから、行く先はみえない、建築はファッションと同じように軽くなり、どの建築もとりあえず消費されることを欲している。そんなとき、捨てられたカードを拾ってみよう。建築を始める切り札はある。

ギャラ間で開催された北山恒の展覧会にあわせて行われた、1950年生まれの三人による対談録。
卒業設計から今にいたるまで、その時代性を感じさせる赤裸々な対談は興味深い。

それぞれにスタンスの異なる三人ではあるが、書中で笠原が『意図的に広義の「普遍」や「秩序」において建築を捉え直そうとしている』と指摘しているように、建築を正面から捉えることをあきらめていない。
そのあたりが、おそらく彼らより若い世代との違いだろう(若い世代は別な視点から建築をあきあきらめない方法を模索しているのだろうが)
そのために、あえて『エッジに立つ』ことで建築を浮き上がらせるのが彼らの試みていることではないだろうか。

「小さな自由、大きな不自由」みたいなものがあるんですよ。大きな不自由については目をつぶりましょうということ。そうやって過ごしてきて、大きな話が見え始めているのが今なんじゃないかと思う。(内藤)

だけどそれを全部自分で一応自己決定できると思っているから、『TOKYO STYLE』みたいなインテリアがわっと出てくる。それは、本当に多様なバリエーションをもって、「私の自己決定でできた自分の空間」みたいなものとして捉えられている。だけどそれは大きな物語に対してなんら影響力がない。本当に小さな幸せ、小さな自由である。みんなそんなものだと思っている。(北山)

市民社会では、自分で自分のあり方を決定できる喜びがなくなってしまって、資本に飼いならされてしまっている。(北山)

内藤の『小さな自由、大きな不自由』にはおおいに共感する。

『小さな幸せ、小さな自由』でいいじゃないか、大きな物語に対して影響力をもつ必要性がどこにあるのだ、という意見もあるだろう。

しかし、それこそが『小さな自由』の危険なところである。小さな自由を餌に飼いならされている間に多くのものが奪われても気付かなくなってしまう。
そして、その奪われた状況を敏感に感じ取っているのが子供たちではないだろうか。

また、「建築⊃建築家」という集合が「建築⊂建築家」というように逆転しているという指摘も興味深い。
「建築」という概念そのものが商品化されつつある。

これから先は、小さな物語に対して大きな物語が侵入してくる時代だと僕は思うんです。そのときに、小さな物語の中で組まれた「建築」という概念は役に立たないと思う。(内藤)

これはおそらく若い世代にあてた大きな物語を捨ててはいけないという警告である。

しかし、若い世代も建築をあきらめたわけではない。

大きな物語を扱えるというのは幻想ではないか、逆に小さな物語を育てることで大きな物語に侵入していくという方法論もある、と言う立場もあろう。
大きなリスクを背負いつつも、今のネット上での小さな情報の伝播の速さ大きさを考えると、無視できない。

小さな物語の中の大きな、または大勢の問題児・反乱児が大きな物語を動かすかもしれない。(それすらも大きな物語(例えば資本)に吸収される可能性は大いにあるが)

うーむ。またもや判断に困ってしまう。

しかし、この本を通して強まった思いもある。

それは、個々のの持つ建築に対するイメージの強さ・重要さである。
やはり、彼らも論理に先立って何らかのイメージのようなものを持っていると感じた。

僕も「建築の始まり」のイメージを見つけ出さなくてはならない。

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建築を設計するということはとりもなおさず、そして言うまでもなく、世界をどう認識するかということの表明でもあるわけで、どんなに批判されても僕は世界は秩序に満ちていて欲しいと願っているんです。(岸)

建築は地に足を付けていなければいけないんじゃないか。地に足を付けた上で頭で考えるからこそ建築なんじゃないか。宙に待ってしまったら、それは孤立した狭隘な概念でしかなくなると思う。(内藤)

「息苦しさ」というのは、たぶん個人の方に選択権がない状況、要するに建築の側から抑圧されている状況だと思うんだけれども、人間を抑圧していくというか、選択権を与えていかないような建築というものが、近代建築のたどってきた様相だとするならば、それとは違う組み立てはできるだろうと僕は思っています。(北山)

モダニティは否定できない、その結果現れるグロバリゼーションの否定できない、
となればそういうものを受け入れつつも、世界中どこであれそれぞれの場所で生きている人間の誇りやそれが依って立つその場所の記憶といったようなものの最後の防波堤に建築がなるしかないんじゃないかと思っている。形あるものは必ず消費の対象になる。攻撃される。だから、そうした大きな流れに対抗するための最大の武器は、目に見えない空間の強度、つまり空気感、といったところかな。そんなものを追い求めて生きたい。(内藤)




B032 『竹原義二 間と廻遊の住宅作法』建築文化1997年3月号

竹原義二(彰国社)1997.03



残念ながら休刊になってしまった建築文化のWEBの『MY建築文化、この一冊!』にならって、僕なりの一冊を考えるとこれになる。

竹原義二はそれほどの派手さはなのだが、誠実で奥行きのあるものをつくる。

この特集では文章・スケッチ・図面・写真が作品ごとにバランスよく配置されていて、建築家の思想がどうものへとつながるのかよく表現されている。
竹原は比較的、言葉とものの距離感が近い(関係の良い)建築家だと思う。

また、「光」「テクスチャー」「シークエンス」「スケール」といった、さまざまな建築のエッセンスがちりばめられていて、とても勉強になり、ぼろぼろになるまで読んだ。
これからもたびたびこの本を手にとるだろう。

今、再度読み返してもさまざまな発見がある。
それは奥行きがあるということだろう。

オーソドックスな方法でも、練りに練ることで、これほど奥行きがあって楽しい発見に溢れるものを作れるのだ。

今回のM-1で優勝したブラマヨの正統派漫才に例えるのは無理やりだろうか。(笑い飯のような斬新さにも感動するのだが)

さて、僕がやりたいのは正統派漫才かそれとも革新派漫才か。それとも・・・

P.S皆さんのMY建築文化は?




B031 『沢田マンション物語』

沢田マンション物語 古庄 弘枝 (2002/08)
情報センター出版局


前々から読みたいと思っていたところ本屋で見つけて即購入。

マンションを二人の力だけで建てた沢田嘉農・裕江さん夫婦の物語。

>>沢田マンションどっと混む
>>ARCHITECTUAL MAP 沢田マンション

まさに『想像を絶する』。
実は『二人だけの力』というのは半信半疑だったのだが、まさかここまですごい夫婦とは想像もつかなかった。
冗談抜きで『命がけ』なのだ。
本当にすごい人がいるもんだ。

このような建物、このような人物がこの日本にいると思うだけで嬉しくなるし勇気も湧いてくる。

この夫婦は多くのことを問いかけてくる。

考えるということ。行動するということ。人と関わるということ。つくるということ。住むということ。自由ということ。生きるということ。

そういうことの原点を問いかけてくる。

それらはすべて今の世では私達の手元から奪われつつあるものだ。

そして、彼らの存在はその状況に対してカウンターを浴びせるように輝いている。

おそらく、僕の旅の答えの多くは彼らが示してくれている気がする。

遠回りになってしまうかもしれないが僕なりに考え抜いて、彼らのようにシンプルな哲学をみつけて船を漕ぎ出したい。

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「わしはカネには全く興味はない。人間として生まれた以上、どれだけのことが出来るのか試してみたい。」
「自分たちが暮らしていけるだけの収入があれば、必要以上のお金をとることはない」
「お金言うものには全くこだわらん。カネ、カネじゃったら心が汚くなるじゃろ。お金を思わん方が一番幸せじゃ。」

こういう言葉をはけるのは、親の財産だとか、もってるものをもってるからだと疑いたくなるが、全く違った。
独り立ちを決心してから、ホームレスのような生活を経験し苦労に苦労を重ね、ゼロから積み上げた上での言葉である。
頭が下がる。

「本はしょせん、他人が考えたものよ。わしは自分の頭で考える」
この嘉農さんの言葉をはじめて聞いたときの衝撃は今も忘れられない。私たちは、ふだん新聞を読み、テレビを見、本を読んでと、さまざまな情報を流し込んでいるが、どれだけ血肉化できているだろうか。それを見透かして「自分の貴重な人生の時間を他人の考えを聞くだけで費やして、無駄に消費している」と宣告されている気がした。

これはよく分かる。前にで書いたように昔は自分で考えることを第一にしていた。
ただ、僕はしばらくは読書でいろいろなものに触れる期間にすると決めた。しばらくは読書を優先しよう。

それは子どもたちへもおよんだ。漫画を読んでいると、「人が描いたもんを読む暇があれば、自分が漫画を描く人になれ」、ドラマを見ていれば「人が作ったものを見るより、自分がドラマを作る人になれ」と、徹底的に「自分が何かをやる」ことを重視した。

これも嘉農さんだからこそ言えたことだ。

それにしても、彼らの子供達は苦労があっても幸せだろう。
自分の親が今の世で手に入りがたいものを示してくれているのだから。
僕も父の背中から多くのものを教えてもらった。
今度は僕が背中を見せる番である。

嘉農さん・裕江さんの存在は、「専門性とは何か」を私達につきつけてくる。・・・すべてを専門家の手にゆだねることで、私たちは「自分で何かをする」ことを手放し続けてきた。そのおかげで便利になり、効率的になったと信じて疑わなかったが、もしかしたら一番大事なものを手放してしまったのかもしれない

同感である。
僕も出来るなら何でも自分でやりたいと思うほうだ。(髪の毛も7年間ほどほとんど自分で切ってたりする。出来・不出来は別にして。)
それは、きっと何かを手放してしまうことを恐れているのだ。
一度手放したものはなかなか元には戻らない。

「困ったとき、いい争いになったとき、人の心は直せなくても、自分の心は直せる。

これは嘉農さんのお父さんの教えだそうだが、こういう言葉をきちんと心において置けるから自分を貫けるのだろう。

確認申請という制度は、もちろん必要があって生まれたのだろうが、それが「画一的」「専門家任せ」「お金次第」という、これまでの建物のあり方と全く無関係とは思えない

今回の事件でおそらく確認の制度は厳しくなるだろう。
それは一方で安全を(というよりは国の責任逃れを)保障するが、確実に画一化へと向かう。そして、沢田マンションのようなものが出来る隙間はほとんどなくなってしまうだろう。
実際、建築基準法には納得いかない点も多く、現時点でもかなりの部分を基準法に誘導されてしまう。

性善説が全く無効になってしまったのでそれは避けられない流れだろうが・・・。




M-1グランプリ2005

フィギアもみたかったけれど、楽しみにしていたM-1を観た。

良かった。

M-1にはいつも感動させられる。

あの数分間のためにどれだけの努力があったか、想像もつかない。

妻があんまり好きではないのでお笑いはあんまり観ていないのだが(完全に敷かれてます・・・)、僕も長い間若手芸人のような生活をして来たので、お笑いを観るとその裏のドラマを想像して感動してしまう。

お笑いも同じものづくりだと思うし、勉強になることも多い。

今日もたくさんのドラマとたくさんの勇気、そしてプロの仕事をみせてもらった。

僕もああいうプロの仕事が出来るようになりたい。
[MEDIA]




B030 『負ける建築』

隈 研吾
岩波書店(2004/03)

隈研吾独特の論理的な文章が続くが、今までに比べなんとなくキレがない気がした。

そのわけはあとがきの最後の部分で分かった気がした。

世界で最も大きな塔が一瞬のうちに小さな粒子へと粉砕されてしまった後の世界に我々は生きている。そんな出来事の後でも、まだ物質に何かを託そうという気持ちが、この本をまとめる動機となった。物質を頼りに、大きさという困難に立ち向かう途を、まだ放棄したくはなかった。なぜなら我々の身体が物質で構成され、この世界が物質で構成されているからである。その時、何かを託される物質が建築と呼ばれるか塀と呼ばれるか、あるいは庭と呼ばれるかは大きな問題ではない。名前は問題ではない。必要なのは物質に対する愛情の持続である。(p.230)(強調表示は03Rによる)

ぼんやりと浮かぶ可能性のイメージを何とかしぼりだそうとしていたのだろう。
そのための論理的な文体(強)とその内容(弱)の間のギャップがキレのなさを感じさせたのだ。
論理的分析が伝えたいイメージのための後付の説明のようにも感じられる。それは論理性の限界だろうか。

また、彼のような人のこのような告白には勇気付けられる。

彼でさえ、葛藤を抱えていて最後は「愛情」のようなものを頼りにしているのである。
というより、愛情があるからこそこういう困難な問題、情念のようなものに逃げたくなる問題に対して、あえて論理的に挑もうとできるのだろう。(それは隈の性癖であるのかもしれないが)

論理性の先に途は開けるか。情念が論理に勝るのか。
論理性と情念。おそらくそれらは車の両輪である。
そして、その両者のバランスをどうするかという葛藤は常に僕の中にある。

この本で、隈でさえ情念やイメージのようなものが先にあるということを発見できたことは収穫である。

磯崎新が書いた一文を思い出した。

少なくとも、僕のイメージする建築家にとって最小限度に必要なのは彼の内部にだけ胚胎する観念である。論理やデザインや現実や非現実の諸現象のすべてに有機的に対応していても遂にそのすべてと無縁な観念そのものである。この概念の実在は、それが伝達できたときにはじめて証明できる。

この本で隈が投げかけたものを自分の中のイメージ・概念として育てなおすことが重要だろう。

*****以後内容についてのメモ*****

各章の隈の分析は僕達にどういうスタンスを取るのか、という問いを突きつけてくる。

・切断としての建築ではなく、接合としての建築というものはありえないか。「空間的な接合」「物質的な接合」「時間的な接合」
建築は切断であるという前提を疑う。切断されたオブジェクトではなく、関係性としての建築について考察する。
切断によって奪われたものとはなにか。接合のイメージとは。

・場と物を等価に扱うイメージとは。(参考:オブジェクト指向)
ミースのユニバーサルスペース(物のメタレベルにニュートラルな場をおくという方法・ベンヤミンのいう「ブルジョワジーの「挫折した物質」と建築を切断する方法)→建築もまた物質であり、ミースの論理は仮定でしかない。
→仮定ではいけないのか。境界は不要なのか。
→「場と物という分割形式」に僕らがどれだけ捉われているかということを考える必要がある。それらと違うイメージをもてないか。

・建築に批評性は必要か。

時代の中心的欲望に身を寄せながら、批評という行為を通じて、その中心を転移させること。

しかし、批評性ということに捉われすぎたのでは。→(ケインズ的)「建築の時代」から開放され初めて『建築家は建築を取り戻す』

オープンな社会の中で、なおかつ必要とされる建築は何か。それを素直に思考することから始めればいいのである。・・・斜めから正対へ。徹底的にポジティブでアクチュアルに。

それは、「建築の時代」に寄り掛かれないということであり、建築家の能力がそのまま要求されるということである。

・形式対自由の二項対立の可否
形式≒抽象化≒主観性の排除その反発としての自由≒現象学≒個人の主観の重視
その克服としてのポスト構造主義→主観(自由)のメタレベルとしての形式それらの動的な循環運動
形式主義的な建築と受けて側とのギャップ。形式を無限に後進していくことが可能・必要なのか。

最も滑稽なのは・・・建築家自体が批評家という観念的存在を擬装して、リアライゼーションに対しての責任を回避し続けたことである。ポスト構造主義、冷戦的言説を駆使しながら、建築家はそのこころざしの正当化に明け暮れ、結果に対しての責任、「建築」に対しての責任を回避し続けた。

リアライゼーション・建築に対しての責任とは。
『徹底的にポジティブでアクチュアル』な姿勢をここでも要求されている。

隈の考察は建築が何に捉われいるかを見つけ出そうという試みである。

・建築家というブランドの問題。設計主体の「私」化の問題。
独裁者か、コラボレーターか。
「私」の設計手法の拡張可能性

巨大なものは、依然ブランディングという手法に支配されている。そこには依然として大きな断絶があり、いくつもの高いハードルが残されている。しかし「私」とい地道で着実な方法を鍛え、一歩ずつ広い領域へと拡げていく以外に、この都市という「公」を再生させる道はない。

・『施主も建築家サイドも自己というものの確固たる輪郭を失いつつある』中でどのような関係を築けるのか。
隈の言うように、『風俗嬢のごとき、つかず離れずの重くなりすぎない距離感』が求められていることを『受け入れることが、今日における良心的建築家の条件と』言えるのか。

建築家の職能自体が問い直されている。

いかなる形にも固定化されないもの。中心も境界もなく、だらしなく、曖昧なもの……あえてそれを建築と呼ぶ必要は、もはやないだろう。形からアプローチするのではなく具体的な工法や材料からアプローチして、その「だらしない」境地に到達できないものかと、今、だらだらと夢想している。

・そのようなイメージの行く先はどのようなものだろう。形という呪縛から抜け出せるか。それは「自由」へとつながるのか。(形式対自由の問題と合わせて考えたい)
この文章には隈のつくる建築が表れている気がする。

・建築はエンクロージャー(囲い込まれたもの)であることを乗り越えられるのか。

いっそのこと、たった一個の石ころをこの現実の路上に置いてみること。どう置いたら、何が起るのかをじっくりながめてみること。そのような行為を建築デザインと呼びたい衝動にかられている。

アクティビティとの関係は。




『対策』について。

友人のブログ記事で書いてたことについて。
「分かりにくいか」って書いてたがなんとなく分かる気がする。
「じゃあ一人のこどもが死んでもいいのか」
って部分も。(ここが一番難しいところ)

例えば社会の管理化をこのまま進めて行った結果、生きにくい感を感じる人ばかりになって、逆に犯罪及び犠牲者が増加したって事にもなりかねない。
ある程度は今の状況がそうなってる気もする。

バランスを崩して視界が狭くなれば、本末転倒なことになりかねないし、何かが奪われていったとしてもそれに気付かなくなってしまう。

こういうことはいろんな要素が絡んでいて簡単ではないが、一歩引いた視点から問題を見ることが必要だ。

一歩引くきっかけという意味で虚構新聞も分かる気がする。




B029 『ぼくはこんな本を読んできた―立花式読書論、読書術、書斎論』

ぼくはこんな本を読んできた―立花式読書論、読書術、書斎論 立花 隆 (1995/12)
文藝春秋


立花隆の本を検索してみると、歩いて5分の公民館の図書館においてあったので少し古いが借りてみた。

読書術なんかも載っていて面白かった。
しかし、一番の興味は彼の好奇心の行く先である。

知への好奇心は百科事典男の比ではないが、この先自分に起るかもしれない変化を知りたい、という点では同じかもしれない。

(そして、僕もこの読書録を続けた先に何らかの方向を見出せるのではと少しは期待している)

しかし、スペシャリストの時代であればこそ、かえってゼネラリストの存在価値が出てくるのではないかと考えた。・・・それ以来、ゼネラリストたることを専門とする専門家にならんと心がけ、ついに今日のような生きざまにたどり着いたというわけだ。

彼の好奇心の範囲の広さは上の言葉に良く表れているが、ゼネラリストであることの恐怖はなかったのであろうか。

Amazonのカスタマーレビューに次のような面白い指摘があった。

ただ、好奇心という点で博覧強記の荒俣氏と比較すると、荒俣氏の仕事には世の中で知られていない、評価されていないものを原点から調べ上げるという私的好奇心の発露から、俗論をひっくり返す創造活動であるのに対して、立花氏の好奇心はすでに確立した学問、研究を勉強するという所に多きな違いがある。

その意において立花氏は学校を卒業しない永遠の優等生という感がある。

確かにそういう印象はうける。
僕ならそういう印象を与えることは恐怖だ。
しかし、その道を突き抜けることで恐怖をなくすことも可能だろう。

ゼネラリストの存在価値はおそらく全体を俯瞰した上で複数のスペシャリストをダイナミックにつなぎ合わせることにあると思うのだが、それは可能だろうか。

驚異的な知を手に入れた後、集大成として彼が彼にしか出来ないどんなことを成すのか、期待したい。

ところで、僕が目ざしているものはおそらくゼネラリストではない。

昔のことになるが、物心ついてから高校を卒業するまでに僕が自主的に読んだ本はほんの2,3冊しかないと思う。
なんとなく、外からの知識で自分を作ることに抵抗があって、「本なんか読まないで自分で考える」と意地をはっていたのだ。
ドラマなんかもクソ食らえと思っていた。(影響されるのが嫌だった。ひねくれたガキだ。)

外からの知識なしというのはありえないのだが、この時期そう意地をはっていたのは、まぁよかったんじゃないかと思っている。

その反動か、今じゃ知らないことが恐くて本ばかり読んでいる。
しかし、子供のころのような野性味も恋しくなってきた。

知らないことも恐いのだが、「優等生」といわれるのはもっと恐い。その恐さは僕の中でのある種のコンプレックスとなっている。

(子供のころの反発心はおそらくこのコンプレックスによるものだと思う)

読書録もとりあえず100冊を目標にして、その後はとことん考えてみたい。
そして、その考える中から、何かどろどろとした、確かな手触りのあるものをすくい上げたい。




ビデオ『深呼吸の必要』

篠原哲雄監督長谷川康夫脚本(岩波書店)2004.03


あまりにもストレートなタイトルは少し気恥ずかしさを覚えたが、オープニングの映像や織り込まれるエピソードになるほどと納得。

なかなか良かった。

おじぃの「なんくるないさ-」(どうってことない、なんとかなるさ)という言葉が心に響く。

人はときには深呼吸をしてスローダウンすることも必要だ。

僕もときどき穏やかな音楽や雄大な自然に身を任せてひたすらにボーっとしたくなる。

いや、ときどきというよりは、いつもそういう欲求を抱えている。
それが一つの建築へのモチベーションになっていることは確かだ。

そういえば、サラリーマン時代にはあれほどクラシック音楽が好きだった父が、屋久島に移住してからほとんど聴かなくなった。

聴く必要がなくなった、ということらしい。

ゆったりとした時間の流れる空間が生活の中には必要なのかもしれない。
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課外授業ようこそ先輩「12歳の大人計画」松尾スズキ (劇作家・俳優)

松尾さん、かなり苦戦していたようだ。

子供達はまだ、「大人」ってことを考えたことがなかったのかもしれない。

大人をきちんとみせることが大人だと思う。

大人というものがたとえ幻想であったとしても、演じるのが大人だと思う。

でも、今は、演じることが難しくなっている。

「大人と子供の距離」の感覚は子供達の推進力になる。

演じることを放棄することはそれを奪うことにならないだろうか。

やっぱり、頑張って演じて演じて、子供が大人になるころ、舞台をおりる。
そして「ご苦労さん」と一杯やりたい。

いや、最後まで演じきれればなおステキだ。
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BSドキュメンタリー『脳をどこまで変えるのか』

土曜日の夜BSで『シリーズ立花隆が探るサイボーグ医療の時代 第2回脳をどこまで変えるのか』を見た。

第1回は“人体と機械の融合”だったそうだが、自宅にBSが無いので見ていない。
しかし、この回だけでもかなり衝撃的だった。

→立花隆のゼミの特設サイトSCI(サイ) に詳しく載っているので時間のある方は是非。

この番組を見て僕は2つの意味でショックを受けた。

一つ目は現在の技術がすでに想像を絶するような領域にまで踏み込んでいること。(以下僕の理解なので正確かどうかは各自判断を)

番組では脳深部刺激療法というのが紹介されていた。
例えばパーキンソン病の患者は手足の震えがとまらなかったり自由が効かなかったりするのだが、それは脳のある部位に異常がありノイズ的な信号を手足に送ってしまうからだそうだ。
そこで、その部分にプラグを刺し込みそのノイズの上から電流を被せていくことでノイズが打ち消される。

その効果は劇的で、機器の電源を入れる直前まで手足を自由に動かせなかった患者が電源を入れたとたんに、それまでが嘘のようにいきいきと動き出す。社交ダンスを踊ったり、水泳をしたりといきいきと。

また、重度の鬱病の患者は”悲しみの中枢”という部分が活発で、それが食欲や他の部分に影響を及ぼしているそうだが、その部分にプラグを刺し込み同じように電流を流すことで鬱の症状が軽減されたという。

なんとなく物理の波の干渉実験を見ているような感じがしたのだが、脳までをコントロールできるとなれば、人間と機械の区別はますます曖昧になるし、実際、この番組を見て脳とコンピューターのイメージが重なってしまった。

今まで、宗教やドラッグなどが脳をコントロールする技術だったのかもしれないが、それがコンピューターにとって替わり、より身近なものになるかもしれない。

どこまでやってよいのか。
第2のロボトミーとなる危険も危惧されている。
立花隆は脳を「人格脳」と「身体脳」に分け、後者のみが医療の対象として操作してよい、というようなことを言っていたが、その境界こそが問題で判断が難しい。

それについて、最後にある倫理学者の話が出た。

医者になるときに必ず向き合う「ヒポクラテスの誓い」に「私は能力と判断の限り患者に利益すると思う養生法をとり、悪くて有害と知る方法を決してとらない。 」とあるように、そこに苦しんでいる患者がいてその人の力になりたいという行為のみがゆるされるだろうということだ。

しかし、なお、倫理観は時代の流れを受けやすい。

そのうちに、プラグレスで脳の特定の部位に刺激を遅れるようになり、インターネットで「脳の快楽プログラム」なんかをダウンロードして楽しむようになるかもしれないし、プチ人格整形がはやって若者がみな妙ににポジティブ・ハイテンションになるような気持ちが悪い世の中になるかもしれない。

二つ目は自分がいかに偏見に満ちた見方をしてしまうかにショックを受けた。

先にあげたパーキンソン病の患者の映像で、脳深部刺激療法を受けた患者が劇的に変化をするのを見たときに、その前後で、その同じ人物を見る僕の見方・感じ方があまりに違うことにショックを受けたのだ。

どのように違うかは説明が難しいが、例えば僕が看護士だったとして、施療後の症状を抑えた人物と施療前の症状の出ている人物と話をするとする。(二人は同一人物)
そのとき、僕はきっと前者には敬語で話しかけるだろうし、後者には小さい子供に話すように話し掛けるだろう。

機械の電源のオン・オフの違いだけで全く同じ人物なのに。
自分の中で上下関係をつくってしまうとまではいかないけれども、こういう風な違いを感じたのだ。

僕は見た目でこんなにも人を判断しているのか、ということを見せ付けられた気がした。

頭では分かっていてもなかなかその偏見は簡単には取り除けない。
しかし、自分の視線にも偏見や差別といったものが容易に紛れ込むということを自覚しておくことは大切ではないだろうか。
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価値観と軸 テンプレート

先に書いた発達保障理論に触れた講義録に書かれていたことは、僕の中での最初の問題提起に通じるように思った。

そして、この軸を複数設定するという方法は思考ツールとして使えるのではないだろうか。

一つの軸で考えれば「良いこと」だが、別の軸では多大なマイナスになるということも多い。

「良い面」が扱いやすい場合は往々にしてマイナス面は覆い隠されて見えにくくなる。

そして、一度二元論的に「良い」とされたことを覆すのは容易ではない。

そういうときに複数の軸を設定し、それをうまく扱えれば視界をグッと拡げることが出来るだろう。(おそらく、前記の講義は多くの人の視界を拡げることに成功したのではないだろうか)

しかし、軸の設定は恣意的なものにならざるを得ないので、あることに対する評価は軸しだい、つまり評価自体意味がないということにもなりかねない。

実際そうかもしれない。これによって「評価」という視点そのものをなくすのが最終的なイメージだと思う。

「評価自体意味がない」というのをいったん受け入れた上である軸を恣意的に設定する。
それが、デザインという行為ではないだろうか。

例えば「家、住まうということを考える」ということは、「軸を発見する」ということではないだろうか。

与えられた軸をむやみに受け入れるのでは生活を考えたことにはならないと思う。
先の講師のように自らの視点を持っている人が面白い豊かな軸を設定できる。

無限に沸き起こるさまざまな軸のテンプレートをぱらぱらとめくり、重ね、変形させながら、最適な軸を設定していく。そんな建築家像がイメージされる。

それは、僕の思うポストモダン的思考や『決定ルール』『地形』の考え方につながるかもしれない。

僕の中で少しだけ光、繋がりのようなものが見えてきた。




B028 『平成15年度バリアフリー研修会講演録』

中村隆司講師(バリアフリー研究会?)?


どこから入手したかは忘れたが、前に福祉施設についていろいろ調べていたときに見つけてコピーしてたもの。

その中で出てきた「発達保障理論」という言葉がとても心に残っていたので、引っ張り出して再び読んでみた。講師は福祉施設の館長であるが、考え方がとても自由でユーモアもあり好感がもてた。

バリアフリー的発想・理念と理想についての話からいくつか抜き出してみる。(・・・は中略を示す『仲間達』とは入居者)

生活者としての素朴な発想こそ、最高の思想だということです

よく、福祉村と言う言葉がありますよね。個人的には、あんまり好きじゃないんです。・・・何でもそこで揃うからとても便利なようで、一番大事な人と自然と社会との交通交流がないんですよ。・・・ですから”ゆめのむら”じゃなくて、こだわって私たちは”ゆめのまち”と言ってきたんです。

このバリアを作り出してきた言葉とその思想
ア)生活の自由・文化・人権を制限してきた”安心・安全”
私はこの安心・安全という言葉が、どれくらい仲間達を苦しめてきたかと思うんです。
・・・確かに正義を守る安心・安全もあります。同じように大事なものは、その人が欲求・不安・心配・要求・文句を何でも言え、運営・実践に、参加・参画できる安心・安全です。
・・・それから、発達とか成長の希望・可能性のもてる安心・安全

イ)生活を縮め、生活を細めてきた”奉仕”や”サービス”
サービスの質の向上と言いながら、実際は仲間たちの生活を縮めてきたのではないかと私は思っています。少々不便でも面倒でも、今度は何々したいという仲間たちの欲求とか意欲、要求が創出されるハードとソフトのシステムこそ本当のサービスじゃないかと思うんですよね。
・・・つまり、サービスによって助かったのではなくて、”もっと何々したい”という意欲がでてくる。それが本当の福祉サービスじゃないかなと思ったんですよね。

ウ)生活を、不安化させる狭い意味での”バリアフリー”
・・・狭い意味でのバリアは、あえて”区別”という言葉にも置き換えることが出来るんですね。区別とは、人間関係、社会関係作りの基礎です。
・・・すべてがバリアフリーではなくて、仲間達にとっても大事なバリアがあるような気がするんですよね。

これらは(施設を営むものならなおのこと)寄り掛かりたくなるような便利な言葉である。
便利な言葉は思考停止の罠となる。
しかし、中村氏は(おそらく)鋭い観察によってこの罠に陥ることなく自らの思想を導きだしている。

最後のバリアフリーについてなどカーテンや垣根、果ては敷居といったちょっとした段差の意味合いにまで注意を払い、へたな建築士よりも理解がある。

何でもフラットにすればよいというのは安易すぎるし、そういう考え(?)では、微妙な機微のようなものも失われ、記憶や文化といったものまでフラットで貧しいものになってしまうように思う。

「フラット」そのものが目的ではないはずだ。

要するに私たちがつくらなくてはいけない物は、仲間達が自分自身の時間、自分の空間、自分の人間(じんかん)、つまり人間関係を作り出すということです。別の言い方をすれば時間と空間と人間関係の主人公になれる環境整備を徹底的に目指すことです。

私達の理念とか思想は発達保障理論に基ずいています。

ようやく、「発達保障理論」がでてきた。

発達保障理論とは、何かを失いながらも何か意味のあるもの、価値のあるものを再獲得していく過程というふうに捉えることが出来る。つまり、私達の理論は最後まで、成長し発達し続けるんだいう理論、希望なんですね。

この理論は全国障害者問題研究会の理論だそうだが、様々なところに応用できそうだ。

正確な理解かどうかは分からないが、この論のミソは複数の価値の軸を設定することにあるようだ。

例えば上のグラフ。
高齢になったり障害が重くなるにつれ「出来るか出来ない」(縦軸)といったことは当然弱くなる。
ところが、「感情とか表情とか思い」(横軸)は膨らんでくるだろうという想定をする。
すると、縦軸を支援するんじゃなくて横軸を支援するという視点が生まれる。

このように軸を複数、例えば2つの軸を設定することで、二元論的な考えを抜け出せる。

一つの軸では線的な「評価」しか出来なかったものが、2つの軸とすることによって面的になり、そのあらわすものは「評価」ではなく個々のポジション、「個性」となるように思う。

それはもっと次元が増えても良いだろう。(自分のイメージとして扱えるのは限界があるだろうが)

他にもこの講演録には自立と依存、ルール・規則と表現・役割保障、その他、時間や空間いろいろなグラフがのっていたが、やはりそこには独特の視点がある。

それは、例えば以下の文章にも表れている。

私達が提案し過ぎるのではないかと思うんですが、仲間達にとって、迷う時間は大事なんです。

昼は視覚の世界です。そして、夜は聴覚、嗅覚、触覚の世界ですよね。ここでもいろんな環境整備やサービスの質が違うのではないかと思うんです。

規則を学ぶ事からいかに不規則を作り出すかという発想です。・・・この不規則の中に私達の豊かさがありますよね。どこまで不規則を作り出せるか、保障できるかということです。

この空間と時間も、いままでは連続するというふうにやってきたんですけど、どこまで非連続する空間を作り上げるかということですね。非連続とは、生活のメリハリですね。

素晴らしい。
ほんと建築的な視点だ。

このもとになった発達保障理論のテキストを読みたいと思ったが、探し出せなかった。
良いのがないだろうか。




課外授業ようこそ先輩「絵本の中の ぼくわたし」荒井良二 (絵本作家)

NHK総合『課外授業~ようこそ先輩』

『課外授業~ようこそ先輩』はとても好きな番組だ。

子供の可能性の大きさや、大人の存在・「在り方」の大切さに気付かせてくれる。

大人が自分自身で「在り方」のようなものを示すことが、子供に対してできる最大のことではないか、と僕が思うようになったのはこの番組の影響が大きい。(あと尊敬できる幾人かの身近な大人)

しかし、気がついたときに見るだけだったので、過去のゲストを見て後悔することも多い。(ビデオそろえたいなぁ)

ということで水曜日はなるだけ観て、一言二言ブログにUPすることを心掛けよう。

今回は絵本作家の荒井良二。
メモをとりわすれたのは残念。
自由で意外性をもつ作風で、児童文学のノーベル賞と称される「リンドグレン記念文学賞」を日本人として初めて受賞したそうだ。

荒井流絵本の極意
その1.線をひくその2.汚すその3.主人公を貼る

頭で考えるより先に身体を動かす。

設計でも「手で考える」というのは大切だ。
身体で考えることはコンピューターではなかなか補えない。

(絵本では)豊かな雰囲気のようなものを届けられればいい、と言うようなことを言ったのが印象的だった。
何か大切なものが含まれていそうな雰囲気。それが直接的なメッセージよりも多くのものを伝えるのかもしれない。

子供のころは「ありがとう」という言葉もなかなか口に出すことが出来ず、小さく頷いている間に相手がいなくなってしまうような子供だったそうだ。

そういえば、少し前の別の番組(世阿弥について)で瀬戸内寂聴が「コンプレックスのようなものをもたない人はものはつくれない」というようなことを言っていた。

(他に「芸術は必ず反権力であらねばならず、易々とは生きられる訳がない。」というようなことも言っていた。寂聴の芸術などに対する言葉は刃物のように切れ味があって好きだ。自分のやってきたことに自信がないとああは言えない。)

荒井のテーマは’子供たちの常識をくつがえすこと’だったようだけれども、これはこの番組に通底しているように思う。

大人の様々なエゴや思い込み、想像力不足な環境に抑えつけられている子供たちは、ちょっとその環境を壊すだけでとたんにいきいきと躍動する

僕も子供たちにとってそんな存在の大人になりたい。
(それが、僕にとって一番の目標なのかもしれない。まだまだ遠い道のりだけども)
[MEDIA]




B027 『知恵の樹』

管 啓次郎、H.マトゥラーナ 他 (1997/12)
筑摩書房


オートポイエーシスに興味があることと、友人の『映画を観たあとのような読後感』という奨めでだいぶ前に図書館でわざわざ閉架書庫から探してきてもらって少しづつ読み始めた。

しかし、いっこうに進まない。
同じところを何度読み返してもなかなか頭に入ってこない。
すっと読めたのは、浅田の序文だけ。
古い著書ということもあるだろうが、訳が僕と非常に相性が悪いのだ。

訳書にはたまにあるが、原文をそのまま日本語にしただけのような感じ。
こういう訳を見ると不親切さに腹が立ってきてしまう。英文読解のようにいちいち関係代名詞なんかを意識しないと意味がわからない。(建築基準法なんかの文もそうだが)

おまけに句読点やひらがな表記がやたらに多いうえに、3段組で忙しく目を上下しないといけなくて読みづらいったらありゃしない。

なんとかあきらめずに読みきろうと思ったけれども、これでは『映画を観たあとのような読後感』はとても味わえそうにない。

興味があるだけに、余計訳者に腹が立ってきてどうしようもないから、やめたやめた。
返却期限もとうにすぎてるんで、残念だがもう読むのはあきらめる・・・。

ということで、誰か(?)代わりにこの本の感想をコメント欄にでも詳しく書いてくれないだろうか(半分冗談)

追記
友人のコメントを見返すと(ちくま学芸文庫)とある。
文庫版が別に出ているようだ。
発行は1997年のようだから、もうちょっと読みやすくなっているのだろうか???

追記 2009/5

文庫版を買ってきて読んでみた。注記がうるさくて読みにくかったが、なんとか読了。

友人の言う『映画を観たあとのような読後感』というのが少し分かった気がする。

イメージを掴めば世界の違った見方を手に入れられそう。
イメージをつかむには山下 和也 著 『オートポイエーシスの世界―新しい世界の見方』はかなりの良書です。




アネハ

あまりに問題が大きすぎて書ききらなかったけれども、傍観もできない。
憶測混じりで無責任な部分もあるが書いてみる。

○姉歯の構造偽装について

普通の感覚では恐ろしすぎてあんなことはできない。
カメラの前で淡々と喋る姿もあまりに不自然で狂ったものの犯行としか思えない。

というのが、最初の印象だった。
しかし、一人の(もしくは数人の)狂った人間の仕業ですませられない。

これに関わった多くの関係者は皆確実に違和感を感じたはずで、心のどこかで警報が鳴っていたはずである。(鳴らなかったとしたらそれは素人だ)
しかし、誰もが直接の責任は自分にはないとその警報を無視したのだろう。

それは、意図的というよりは身に付いた習慣で、気付かずに無視していたのかもしれない。

皆が警報を無視し、直接の責任者(姉歯)に責任をなすりつけていくうちにあまりにも問題が大きくなりすぎた。

今回、『茶色の朝』が現実のものになったように感じた。

カメラの前の淡々とした姿は、開き直ったというよりは、しでかしたことのあまりの大きさに気付き呆然とし、現実を直視することができなくなっている様に見える。

おそらく、犯行時、姉歯氏の頭の中では、自分ひとりが犯行を行っているという感覚はあまりなかったであろう。意識的ではなくとも『皆なんとなく気付いて見過ごしているのだから自分ひとりの責任ではない』と、「責任の感覚」は過剰に小さかったに違いない。

それが、突然責任として目の前に突き出されて事の大きさにはじめて気付いたということだろう。(単なる憶測)

なんか、子供のイジメに構造が似てる。
取り返しがつかなくなってはじめて気付く。
傍観者も自分には責任はないと思うふりをする。

似たような『なんとなく進行している重大なこと』は環境問題はじめいたるところにある。

そういう『警報』に対してあまりにも無頓着、自分の方ばかり見るのが当然な世の中はやはり寂しい世の中になる気がする。

大人のエゴでそういう寂しい世の中を子供に与えてはいけないと思う。(大人だけなら勝手にやればよい。)

あ、あと、この事件によって知らしめられたのが、
「建築士がいかに冷遇されているか」
ということだろう。
命を護り、社会をかたちづくり、時には感動を与えと、非常に重要な仕事であるはずだけれども、同じ国家資格の医者や弁護士に比べると・・・・

と言い出すと、愚痴になってしまう。

そういう重要性を知らしめる努力や勉強を怠っていたり、忘れてしまっていたりと原因は多分にこちら側にもある。

まぁ、なかなか喰えないのは確かだ。。

(これが本当に書きたかったことだったりして・・・)




B026 『はじめての禅』

竹村 牧男
講談社(1988/06)

確か大学生のころだったと思う。
(狭い意味で)宗教的な人間とはとても思えない父の書斎の本棚を物色しているときにこの本を見つけた。
興味本位で拝借したまま、いまだに返さずに、時々読み返したりなんかしている。
出版当時、著者は筑波大の大乗仏教思想の助教授である。
宗教家と学者の中間のような、程よく情緒的かつ学問的な心地よい文体で読みやすく分かりやすい。

僕は組織や宗教は、深入りすると自己の保守・維持自体が目的となってしまうことが多いような気がして、これらとは少し距離を保っておきたいと思っている。
その中で、「禅」は比較的自由な感じがしてそれほど抵抗感を感じない。
それどころか、魅力的でさえあり時々自分を見つめなおしたくなったときなんかにこの本に戻ってきたりするのである。

さて、なにが魅力的かというとなんとなくぐれた感じかっこいいのだ。
宗教臭くなくどちらかというと『思想』という感じ。
(すこし偏見を含む言い方ですが「宗教とは」という問はおいておきます。)

この本の章立ても実存、言語、時間、身心、行為、協働、大乗と惹かれるものであり、内容も哲学書よりも感覚的に捉えやすい。

(以下、僕の勝手な解釈)

この本に書かれている禅の思想は、「本来の面目(真実の自己)とは何か」との問いに対して道元の読んだ

春は花夏ほととぎす秋は月冬雪さえて冷しかりけり

という詩に集約される。

主-客の分離を超え、言葉や時間によってとらわれることもない。
あらゆるものを否定し尽くし、それでもなお「個」があるところ、否定の先に大きな地平が拡がっているところに単なるニヒリズムにはない魅力があるのだ。

今思ったのだが、その地平とはもしかしたら僕がポストモダンの先に広がっていることを期待している何か、このブログでも今まで考えてきた何かと重なるのではないか。

禅の思想のような曖昧に見えるもの、感覚的なものは現代社会から急速に奪われつつあるもののように思う。何か一方的な見方に世界が覆われていくような怖さを感じる。

しかし、現代社会の行き詰まりを易々と突き抜けてしまいそうな、そんな期待を禅の思想は抱かせる。

それにしても、最初のころ(学生のころ)に読んだ本の影響力とはすごいものがある。
なんか、今まで考えてきたことは、最初のころの直感の枠の中を全く出ていないんじゃないような気がしてきた。
手のひらの上を飛び廻るだけの孫悟空の気分。

(引用や感想等まとまりなし)

我々が有ると思うところの自己は、考えられた自己である。見られた自己、知られた自己であって、対象の側に位置する自己である。しかし、自己は元来、主体的な存在であるべきである。その主体そのものは、知られ、考えられた側にはないであろう。

私にとってかけがえのないある桜の木を、桜といったとたんに、我々は何か多くの大切なものを失いはしないだろうか。我々の眼に言語体系の網がおおいかぶさるとき、事象そのものは多くの内容を隠蔽されてしまう。その結果、我々はある文化のとおりにしか、見たり行動したりすることができなくなり、我々の主体の自由で創造的な活動は制約をうけることになる。

自由であるには考えることよりそのままを感じることが重要ではないだろうか。

ここで道元は、古仏が「山是山」と言ったのは「山是山」といったのではない、「山是山」と言ったのだ、と示している。結局、山は山ではない、山である、といっていることにもなろうが、否定と肯定が交錯してなお詩的ですらある。

こんな一見非論理的なものいいに奥行きが与えられていて、かつ真実を掴んでいるというあたりが魅力的だ。

その場合、桜に対し桜の語を否定することは、実はその前提の主-客二元の構図をも否定することにつらなり、無意識のうちに培われた自我意識を否定していくことをも含んでいるであろう。・・・つまり、桜は桜でない、と否定するところでは、自己も自己でなくなり、逆にそこに真実の自己が見出されうるのである。

我々は、既成の言語体系のままに事物が有ると固執することが、いかに倒立した見方であるかを深く反省・了解しなければならない。そして存在と自己の真実を見出すためには、言語を否定しつくす地平に一たびは立たなければならないのである。

この絶対矛盾に直面させるやり方は、言語-分別体系の粉砕をねらう禅の常套手段でもある。そのことがついには、真に「道う」体験に導くであろう。

『日日是好日』
人生は、厳しいものである。・・・そのときは、苦しみのたうちまわるしかない。その今を生きるしかない。ただひたすらに今に一如していくところにしか、真実の自己はない。そこを好日というのである。

仏教に於ては、すべての人間の根本は迷にあると考へられて居ると思ふ。迷は罪悪の根源である。而して迷と云ふことは、我々が対象化せられた自己を自己と考へるから起るのである。迷の根源は、自己の対象論理的見方に由るのである。『場所的論理と宗教的世界観』西田幾太郎

自己を意識することで怒りや迷いが生まれることは多い。
もう一つ離れてみることでそういった怒りなどを感じずにすむならばそれはすごくハッピーでは。

禅の絶対なるものへの感覚は、極めて独特である。『碧巌禄』第四十五則、「万法帰一」は、そのことを鮮やかに伝えている。
僧、趙州に問う、「万法、一に帰す。一、何の処にか帰する」。
州云く、「我れ青洲に在って、一領の布衫を作る、重きこと七斤」。

絶対とは何かを問われて「布巾を作ったが、七斤の重さがあった」と答える。全くもってファンキーだ。ステキ。

禅は決して一の世界と同一化することを求めているのではない。層氷裏の透明な無と化することを目ざしているのではない。大死一番・絶後蘇息という。絶対の否定から、この現実世界へとよみがえったところに、真実の自己を見出すことを求めているのである。

ゆえに我々に対して現れる仏は、すべて虚妄な幻影にすぎない。対照的に自己を捉えることが迷いの根源であったように、対照的に仏を捉えることはまた、正に迷いの集積である。臨済は「仏に逢うては仏を殺し、祖に逢うては祖を殺す」といっている。対象の位置におかれた仏は否定されるべきである。その否定する働きの当体にこそ、真の仏が見出されるべきである。・・・このとき、不可得の主体に成りつくし、真実の自己になりきるがゆえに、真に自己に由る、すなわち真に自由となるであろう。

結果、自由を得る。『徹底した否定のあとのつきぬけ・自由』。これは今までさんざん探してきた筋書きである。

なんとなく主客の区別や言葉の縛りを超えた自己をイメージするだけでとても穏やかになれる。それが悟りだとは思わないが、心地よいのだ。

関西人の気質やお笑いと禅をつなげたいなとも思っていましたが、またの機会があれば。
(僕は関西人的気質が世界的に注目され必要となる。と以前から考えている。
近頃はあまりにもフラットな世界が関西人的気質を奪っていかないかと危惧を抱き始めたが)




B025 『建築意匠講義』

香山 寿夫
東京大学出版会(1996/11)

僕は「空間」についての捉え方の多くをこの本からスタートしたように思う。
建築を学び始めの人にはお勧めで、この本のおかげで、最初は掴み所がなく曖昧過ぎた建築・空間という概念を、グッと身近に引き寄せることが出来た。

その時にまとめたメモからいくつか抜き出してみる。

建築とは、空間を秩序づけることであり、人間は空間によって秩序付けられる

私という不確かな存在を定着させるためには、まず、中心が指示され確定されなければならない。同時に輪郭を限定することが必要であるが、囲いは内と外を切断するだけでなくつなぐものでなければならない。

自己のアイデンティティは自分の中心、すなわち固定点を持ち、自分の領域すなわち囲いをもたなければ決して確立できない。

建築家は空間がどちらに向かってどのように広がりたいかを正しく把握することが必要である。

まず、個々の部屋がどうなりたがっているかを考えそれを一つにするために呼び集める。全体を統一するために部分を押し込めてはならない。

中心が確定できない場合でも、中心が多数ある部屋の共同体として考え抜かねばならない。

建築家は光を用いて形をつくる。

・照らす光光と影の対比
・満たす光空間を光のマッスとする
・「照らす光」と「満たす光」は連続的かつ共存しうるものである。

空間における光の意味、あり方を考えていくと、それは必然的に建築の諸要素、すなわち壁、屋根、天井、床の意味を捉え直すことになります。
それが伝統を捉え直すということである。
ここに建築家の最も大きな喜びの一つがある。

入口は常に特別な場所であり、喜びや悲しみ、期待や不安といった様々な意味が集中している。

都市は記憶の積層であり、その根底には大地がある。建築において持続性、連続性が重要であるのはこの由である。

建築は住む人の感情と精神、さらには人間の共同の価値を表現するものである。そして、それは私たちの存在のかけがえのない表象である。

「囲いモテイフ」「支えモティフ」は互いに対立し支配権を得ようと闘っている。それぞれの欲求を汲み取りこの対立を統合させなければならない。

人が生きるということは存在に対する信頼の上で行動しているということであり、私たちはそれを信じつくっていく中でしか、秩序を捉えられない。「行動的懐疑」こそが建築の様式の絶えざる交替を生んできた力である。

「秩序とはなんであるか」この問いは開かれたままにしておかなければならない。
それは行う中で、ものをつくる中で、一瞬示されるだけでたちまち消えてしまう。
秩序の存在を論理による説明、学問的な認識によってとらえることはありえず、ただ道徳的確信、行動的信念の中においてのみ得られるものである。

自己と空間を重ね合わせることでずっとイメージがしやすくなる。

ただし、この本でもカーンの本のときのような重さを感じてしまった。

「○○しなければなりません」「○○必要があります」というような断定的な書き方になんとなく違和感を覚えてしまうのだ。

例えば

・・・これらを、中心がないのだ、中心を考えることが間違っているのだ、と考えないようにしてください。そう安直に考えると、建築を空間としてとらえることができなくなり、単なる部屋のつながりをダイアグラムのようにつくることになります。あくまで、中心が多数あり、移動するような部屋の共同体として考え抜かねばなりません。

と言われると、最近はむしろ、中心や空間をわざと感じさせない、それこそダイアグラムのような建物が脚光をあび、なんとなくそれに共感する部分を持ってしまう自分と折り合いがつかなくなってしまうのだ。

なぜ、断定的な物言いが出来るのか。
それがうらやましくもあり不思議なのである。

あえて今、それに折り合いをつける仮説をつくるとすれば、
「中心を感じさせず、ダイヤグラムそのままに見える建築も、実際は作者の力量によってそうは感じさせないようにさりげなく空間を生み出しているのではないか。そうとは知らず安易に真似をするのは危険だ」
ということになる。それが正確かどうかは分からないが、この先に共通点が見つかりそうな気もしないでもない。

またしても、この本を最初に読んで数年後、妹島和世の作品集を見て衝撃を受けてから、何度となく繰り返してきた様々な問いが浮かんできてしまった。

それは、「空間とは」「普遍とは」「宗教とは」「人間とは」といった容易に答えのない問いに結びついてしまう。

結局は先に書いた

「秩序とはなんであるか」この問いは開かれたままにしておかなければならない。
それは行う中で、ものをつくる中で、一瞬示されるだけでたちまち消えてしまう。
秩序の存在を論理による説明、学問的な認識によってとらえることはありえず、ただ道徳的確信、行動的信念の中においてのみ得られるものである。

ということなのかもしれない。

そこで「道徳的」「確信」「信念」と言った言葉に対してまでも注意深くなるとどうも身動きがとれなくなる。

一度、もっと身近な視点に戻してみないと。

うーむ。また、混乱した文章になったけれども、混乱は僕だけのものだろうか。
みんな何らかの確信を持っているのだろうか。
気になる。




B024 『モダニズム建築の軌跡―60年代のアヴァンギャルド』

モダニズム建築の軌跡―60年代のアヴァンギャルド 内井 昭蔵 (2000/07)
INAX出版


60年代に活躍した日本の建築家を論文及び内井昭蔵との対談形式で紹介。
対談の最後は毎回、後進への一言で締められ示唆に富む。

登場する建築家は

丹下健三 Kenzo Tange
吉村順三 Junzo Yoshimura
芦原義信 Yoshinobu Ashihara
池田武邦 Takekuni Ikeda
大高正人 Masato Otaka
清家清 Kiyoshi Seike
大谷幸夫 Sachio Otani
高橋?一 Teiichi Takahashi
菊竹清訓 Kiyonori Kikutake
内田祥哉 Yoshitika Utida
鬼頭梓 Azusa Kito
槇文彦 Humihiko Maki
林昌二 Shoji Hayashi
黒川記章 Kisho Kurokawa
磯崎新 Arata Isozaki

長谷川堯の序説、この時代の舞台を「演出家=前川國男」「劇作家=浜口隆一」「俳優=丹下健三」とみる部分も面白かった。
建築評論家が脚本を描けた時代だ。

日本におけるこの時代を把握するにはとても良い本だと思う。建築を学び始めの人にもお勧め。

って、このブログは本の紹介が目的ではない。
僕自身の思考の記録である。
だから、うまくまとまらないと思うが感じたことを書いておこう。

この時代の作品や言説に触れてみると、ものすごいパワーを感じる。
今の建築は設計者の考え、『頭の中』が見えるようなものが多いように感じるが、この時代のものには当然考えも見えるが、設計者の『人間そのもの』が見えるものが多いように感じる。
人と建築が分離していない。
(黒川記章や磯崎新の世代あたりから『頭』の方になってきた気がするが。)

その違いはどこから来るのか。
今の建築はこの時代から前に進んでいるのだろうか。
今、どこへ向かうべきなのか。

60年代は、モダニズム、日本、機能、モニュメンタリティ、大衆性・・といった課題やキーワードがはっきりと見えやすかった時代ということもあるだろう。
前の世代に物申すという姿勢もはっきりしているし、前に進むという意志と自信とに溢れている。

しかし、今の時代だって課題は山積み、物申すことだってたくさんあるはずで、みなそれに向かって奮闘している。

なのに、この時代の建築に学生時代に感じたような「希望」を感じるのはなぜなのだ。

建築、社会がまだ純粋だったからか。
そもそも、何を乗り越えようとしているのだろうか。
モダン、ポストモダン。
モダン、ポストモダン。
モダンは幻想か。
なにが、どこからポストなのか。

この本自体の射程が「モダニズム」や「年代」といった大きすぎるものというのもあり、踏み込むと容易に答えの出せない抽象的な問いにどうしても迷い込んでしまう。

おそらく僕にとっては必要なのは『希望』のイメージである。

『問題意識』と『希望』どちらも大切だと思うが、今焦点が『問題意識』に向きすぎている。

しかし、『希望』を描くことこそデザインではないだろうか。

描きにくいからこそ取り組むべきものなのではないか。
それこそがデザイナーの仕事ではないか。

頭ではなく人間の中から湧き出るようなもの。
それを描きたい。

(実は学生のころからずっと望んでいることで、ずっと果たしえてない。
なかなか難しい。
それは、やっぱり人間そのものでぶつからなければ描けないのだ。)

このころの作品や言説にもっと触れてみたくなった。




B023 『ルイス・カーンとはだれか』

ルイス・カーンとはだれか 香山 寿夫 (2003/10)
王国社


カーンについて考えようと思って図書館で借りた本。
カーンの本というよりは、カーンに思いを寄せる香山壽夫の本である。

著者の香山であるが、僕が大学生のころ彼の書いた『建築意匠講義』を借りてきて、大学のコピー機で全頁コピーをしたのを懐かしく思い出した。

大学の授業に不満をもっていたこのころ、僕がはじめて空間の捉え方などを学んだのが『建築意匠講義』であった。
そして、その中で香山によって語られていたカーンの言葉が僕がカーンの思想に触れたほとんど唯一の経験である。

さて、この本であるが、思想の紹介という点では『建築意匠講義』とダブる点も多い。
が、香山個人としてのカーンに対する思いをより強く伝えようという気持ちが伝わる内容だ。

この、本を透してのカーンの印象は、宗教的な人、言葉と行動の人、という感じだ。

僕の受けた印象では、カーンの言葉は若干大袈裟で押し付けがましく感じる。
なんとなく重いのだ。
それを重く感じるのが良いか悪いかは分からない。
しかし、思索を重ねた末のその言葉を重く感じる自分には少なからずショックを受けた。

言葉については別の項で少し考えたが、おそらくカーンの言葉は思考のための言葉で、カーン自身のためのものなのだ。(コルビュジェの言葉とは対照的に)

そして、その彼自身の思索の跡を追うのが僕にはおそらく億劫なのだ。
僕はカーンではない。

(そういう感覚は例えばアトリエ・ワンなどの若手の言葉の使い方にも感じる。彼らの発見する『言葉』はすごく個人的な印象がある。)

香山はカーンを『共通感覚』のうちにある、という。僕の印象とは正反対だ。
そのような『共通感覚』は今では幻想だと思われている。
それでもなお、そのようなものを信じて疑わず、真っ直ぐに進む姿が僕には宗教的に映ったのだが、僕にはそれがうらやましい。
僕にはいまだ見えていないし、「それが建築に対する誠実な姿勢だ」と言われればなんら返す言葉がないからだ。

「オーダー」「フォーム」「ルーム」「光」「沈黙」といったカーンの言葉は魅力的だ。
しかし、僕にはやはりそれらの言葉は基本的にカーン自身のものだと思う。

僕も、カーンのような言葉が紡げるようになりたい。

追記

「億劫」と言うのは言い過ぎた。
疲れていたみたいだ。

カーンの言葉は示唆に富んでいるし、そうやって思索することこそ必要だ。

ただ、カーンの思索にはなんとなく物悲しさを感じる。それは、映画の試写会の映像のみの印象を引きずっているからかもしれない。
でも、おそらくその印象は誤解なのだ。
カーンの思索は最後に「喜び(joy)」へと連なる。

この時代にカーンのように孤独な思索を重ね、作品を残してきたのはやはり偉大であるし、カーンの思索に跡に身を任せようとすることはやはり快楽でもあると思う。




B022 『驚異の百科事典男 世界一頭のいい人間になる! 』

驚異の百科事典男 世界一頭のいい人間になる! A・J・ジェイコブズ (2005/08/03)
文藝春秋


ある雑誌編集者が1年間をかけてブリタニカ百科事典(全32巻・3万3千ページ)の読破した記録。

某ブログで紹介しているのをみて興味を持ったので買ってみた。

イミダスなんかを通して読んでみようと頭の片隅に浮かんだことはある。
だけども、興味の持続しないことに対しては猫ほどの記憶力しかない僕は、あまりに無駄なので本気で考えたことはない。

しかし、3万ページを超える百科事典を読みきったときに何か突き抜けたものを得ることが出来るのか、それともただの無駄骨に終わるのか、そのことにはすごく興味を魅かれる。

だからといって自分でそれを試そうとは思わないのだが、700ページを超えるこの文庫本を読むことで、それをプチ体験することができるのでは、という期待に胸を膨らませて読み出した。

この本を読むことが退屈な作業にならないかという不安もあったが、最後に何が得られるかの興味と、内容がそれなりに面白かったのとで楽しく読めた。

膨大な時間を消費し、妻には「百貨事典未亡人」といわれ、紙の上ではない本物の体験に対して引け目を感じたり、1年間が無駄に終わる恐怖と戦いながら、何かを成し遂げるために読み切ったのだが、その間の著者の心の動きが面白い。

ちょっと引用してみると、

「わたしが言いたいのは、あなたは生身の人間との交流ができなくなってないかってこと」(p.138)

なんて、妻に言われたりする。これはつらい。
僕もこれを打ち込んでいる今こんなこと言われやしないかとひやひやしている。
最後にこれをひっくり返して堂々と出来るほどの何かを見つけないとやりきれない。

ひょっとしたら僕は(中略)とうてい食べきれないものにかじりついてしまったのではなかろうか。(中略)ぼくは一体なんだってこれをいい考えだと思ったのだろう?(p.175)

『ブリタニカ』の旅を終えるとき、これ以上に知恵のある言葉を僕は手にしているだろうか?すべての知恵の精髄は何かと訊かれたとき、ぼくはどう答えるだろう?』(p.177)

って弱気になったり、

本を読んだくらいで世界の秘密が学べるわけじゃない。フローベールとベンダー先生の言うことには一理ある。額面どおりに受け取れば、僕の試みは奇行すれすれだ。しかし、である。それでもこれは一つの探求であって、それなりに意味があると思うのだ。ぼくは今まで何かを探求したことなんてない。だからどんな結果になるか、何が発見できるか、わからないじゃないか。(p.187)

と、自分を励ましたりする。

ときどき思うのだが、ぼくもこの喩え話の盲人みたいなものではないだろうか。文学や科学や自然について書かれていることを読むだけで、実際に経験してみることはない。ひょっとしたらまちがったトランペットの音を聴いているのかもしれない。それより世界に出て行って、実際に経験するほうが、有意義な時間の使い方ではないだろうか。(p.414)

分かる。分かる。実際の経験の方がずっと健康的な感じがする。
だけども、それだけじゃないものもあると僕も自分を励ましてみる。

僕は事典読みの中毒になっている。もっとも、たいていの中毒者がそうであるように、惹きつけられると同時に嫌悪も覚えているのだが。(p.439)

始めのころは、活字漬けになると現実との関係がおかしくなるんじゃないかと心配だった。ジョン・ロックの盲人が赤という色の概念についてうんと学びながら、現実の赤を知らないのと同じことにならないかと。実際、そうなるのかもしれない。でも、その反対の効果も得られるのだと今は思っている。世界との絆を強め、世界に脅威の念を抱き、世界を新しい目で見られるようになると。(p.489)

と、すこしづつ何かを掴み始める。

ラストは「期待通り」かつ「期待はずれ」であったが、僕はとてもすがすがしい気持ちになった。

百科事典を読破したからといって生活が急変するわけではない。

ただ、世界がほんの少し良く見通せて、世界をほんの少し愛せるようになる。

そして、妻との楽しい夕食、何気ない生活がほんの少し、より愛おしく感じられるようになる。というだけのことだろう。

1年を掛けて得られたこの「ほんの少し」は著者にとって大きな財産であろう。
僕は、700ページほどの文庫本でその「ほんの少し」をほんの少しお裾分けしてもらったわけだ。
読んでよかったと思う。(これを読んでいる人は、『「ほんの少し」をほんの少し』をほんの少し・・・)

なお、これを読んで僕の妻に本を読むことの正当性を論じようと思っていたのだが野暮なのでやめた。

ちなみに本の題名はもとの”The Know-It-All(知ったかぶり)”のほうがずっといい。「○○男」はなんとなくみえみえだねぇ。