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KBGN 1/100模型とズレ

ashのnowhere展示用にKBGNの1/100模型を作っていたところ、屋根を付けずに上から模型を覗きこんだ絵が前に書いた、

この家の一つのテーマに”ずれ”があります。 竹原義二さんの『無有』で紹介されていた「後楽園流店」のズレと間合いによる操作が頭に残っていて、この建物でも重層的なズレによって実際以上の奥行きが生み出せないだろうかと考えながら計画しました。 具体的には、平面的な角度のずれ、いくつかのレベル差によるずれ、構造体としての軸組と実際意識される柱状の要素とのずれ、又はそれらのズレが重なることによる重層的なずれ、のようなことを意識しているのですが・・・(オノケン【太田則宏建築事務所】 » KBGN ズレを重ねることと線を消す(消さない)こと)

というようなことがよく表れている気がしたので写真に撮ってみました。


▲上図は一般的なグリッドプランの例です。木軸在来工法の場合、グリッドにそのまま乗せたようなプランになりがちです。


▲KBGNを計画する際、各要素をグリッドからあえてずらしていくことによって(上図では縦軸のオレンジのラインがなるべく重ならないようにしていくことによって)レイヤー(層)の構成、図では横軸の緑のラインが浮かび上がるように気を使いました。


▲これによっていくつものレイヤー(層)が重なるような見え方となり、空間にある程度の複雑さと奥行きが生まれたように思います。(構造や要素の見せ方にある程度工夫は必要です。)


▲それ以外にも、直角を外した平面的な角度のズレ、床の高さを変えることによる高さ方向のズレ、などを取り入れていますが、上の写真にはそれらがよく表れていると思います。


▲ただ、この模型は結局、屋根・天井をボンドで固定してしまったので、上から内部の全体を覗きこむことはできなくなってしまいましたが・・。

KBGNは平屋だったため構造的にも無理なくこういう操作ができましたが、2階建て以上の場合にどのような可能性があるか、考えてみたいですね。
(この辺はHS-16 外柱の家で試みた部分でもあります。)




雑木林と8つの家 1/50模型


雑木林と8つの家モデルプランの1/50模型をつくってみました。
今年は【ash | アッシュ サツマデザインアンドクラフトフェア | -made in kagoshima- 11/23-12/2】nowhereと合わせて個人出展をする予定です。
こちらの方でも模型を展示させていただく予定ですのでご都合のつく方は是非足をお運び下さい。
(展示はGOOD NEIGHBORSでさせて頂く予定です。また時期を見てご案内させて頂きます。)




「建築の社会性」ってなんだろう

しかし建築が社会と全く関わり合いを持たずに自立した存在として成立することは難しい。そこで僕は「シャカイ」から離れて建築をどのようにつくっていくのかをテーマとしてじっくり考えたい。もちろん、うっすらとではあるけど、自分なりに方向性のようなものはあるのだけれど、まだことばにしてまとめることはできそうにない。でも次の方向性としてははっきりしている。建築は一度「シャカイ」から離れなければ、きっと本当に信頼され、祝福される社会には戻って来られないだろう。(建築について:社会的な建築を再考する)

を読んでちょっと考えだしたのですが、大きなテーマなので反射的なメモにとどめます。(反射的な文章がFacebookとかに移ってしまってブログが流れなくなったので試験的なものも兼ねて)

僕はよく、建築に人格のようなものを当てはめて自立した存在であって欲しい、というようなことを書いているのですが、建築と社会の関わりについても人間のそれと重ねあわせて考えられそうだと、思いました。
例えば、人間が自立すると言ったとき、社会との関係を捨て去ることでは当然無く、むしろ社会との関係がより強まりつつ従属や依存とは違ったものへ移行することをイメージしますが、同様に建築が自立するということは、より社会との関係が強まるのではないか、というのが一つの仮説。

で先のブログの最後を読んで頭に浮かんだのが以下の引用群。
オノケン【太田則宏建築事務所】 » B003『子どものための哲学対話』

『根が明るい人っていうのはね、いつも自分のなかでは遊んでいる人ってことだよ。・・・なんにも意味のあることをしていなくても、ほかのだれにも認めてもらわなくても、ただ存在しているだけで満ちたりているってことなんだよ』

『きみ自身が深くて重い苦しみを味わったことがあるなら、それとおなじ種類の苦しみを味わっている人だけ、きみは救うことが出来る可能性がある。』

『自分が深くて重くなったような気分を味わうために、苦しんでいる人を利用してはいけない・・・』

『いやなことほど、心の中で何度も反復したくなるし、いやな感情ほどそれにひたりたくなるんだよ。忘れてしまうと、自分にとって何か重大なものが失われてしまうような気がするのさ。』

『人間は自分のことをわかってくれる人なんかいなくても生きていけるってことこそが、人間が学ぶべき、なにより大切なことなんだ。そして、友情って、本来、友達なんかいなくても生きていける人たちのあいだにしか、なりたたないものなんじゃないかな?』

上手く言えないけれども、「建築の社会性」と言った時に感じるちょっとした違和感と重なる部分がありそうな気がしました。「自分探し」とかに感じるものともちょっと似てる。

とりあえず、「建築、お前自立しろ。社会性なんてそこからしか生まれないぜ」と言ってみる。とりあえず。

ところで、自立ってどういうことなんだろう。




小さな都市型SOHO


建蔽率60%、約20坪の敷地に事務所併設型の住居が成立しないかを検討中。
床面積が23坪+簡易ロフト5坪くらいの感じで、施工業者に頼む部分とDIYでやってしまう部分に分け、トータル1,000万円以下で最もパフォーマンスの良いバランスを探す。
新築とセルフ・リノベーションの考え方を混ぜあわせたような作り方にすることで、コストが抑えられたり、空間に複数のレイヤー(新築的・リノベ的)が生まれ奥行きの感じられるものにならないだろうか。
都市部にコンパクトで豊かに住み込むための住居の在り方。




W054 『坊津まち歩き』

とある県の講座の関係で坊津のまち歩きに参加させて頂きました。
案内はNPO坊津やまびこ会の皆さん。

坊津は泳ぎにいったり、唐カラ船祭りに参加させていただいたりと訪れたことはあるのですが、じっくりと歴史から触れるのははじめて。

海と共に重ねてきた歴史はとても個性的で今に続くドラマを感じました。風光明媚でドライブコースにも良さそうです(夕景がおすすめ)。
やまびこの会の皆さんの強い故郷への思いを感じたこともあって、この歴史と風景がずっと受け継がれていって欲しいと思ったり、いろいろと考えさせられたまち歩きでした。

まち歩きの動画と写真をアップしておきます。興味のある方はどうぞ。(音声も弱いし面白い話の動画をけっこう撮りそこねてます・・・。是非現地でやまびこの会のガイドのもと体験をば)

また、10月21日(日)に予定されている「坊津の映画、CMロケ地,文学巡り」をテーマにしたまち歩きも若干空きがあるようです。(詳しくはNPO坊津やまびこ会のHP参照)