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 二-一 素材―固有性と社会性

素材と固有性

まず、人は素材と出会う。
人は、その素材の特質・テクスチャから情報を抽出し、例えばどんな物質で構成されているのか、硬いのか柔らかいのか、曲げられるのか、壊れるのか、食べられるのか、といったさまざまな性質を特定する。それは生きていくために意味と価値を抽出していく過程と言える。

その先で、人は固有性と出会う。それがそれであること、いうなればものの固有性は、生きていくための環境を特定する上で不可欠なものである。逆に、固有の情報が読み取れないところに意味や価値を見い出すのは難しいだろう。固有性というのは、出会いにおいて意味や価値を見い出すための前提なのである。

一方、現在のものづくりの現場の多くはは大量生産による工業製品に覆われている。工業製品の理念は多くのものを同じ品質で生産することにあり、そこでは固有性のようなものは注意深く取り払われている。

これまで純粋な実感として、工業製品の多くは人々の気持ちを受け止める力が弱い、と感じていたのだが、この文脈で言えば、環境を特定する情報・固有性に乏しいため、意味や価値を見い出しにくくなっている、と言えそうである。例えば固有性に乏しい工業製品が年月を経て風化することで味が出たり愛着を感じることがある。風化と言えば否定的に聞こえるかもしれないけれども、徐々に固有性を獲得していった過程だと考えると肯定的に捉えられそうな気がしてくる。

ただし、工業製品の持つ役割や意味も理解できるし、大勢を占めている工業製品を全て悪、と決めつけるのも可能性を狭めてしまうように思う。また、固有性は素材だけから導かれるものでもない。素材そのものの固有性に頼らない場合でも、別のルートによって固有性を獲得し、意味や価値を発生させる建築というものがあるように思う。

また、固有性が出会いにとって重要だというのは、禅の思想にある、主客の分離を超え、あらゆるものを否定し尽くしてもなお残る「個」というものに近いように思う。

道元は「山是山(山は山ではない、山である)と言ったそうだ。

観念としての「山」ではなく目の前のそれがそれであるところの山を感じることが悟りの感覚である、というようなことだろうか。これは「山」という言葉によって、つい出会いが間接的なものになってしまいがち(「山」という言葉の示す観念としての「山」と出会ってしまいがち)なのを、目の前の山へと引き戻し、山そのものと直接向き合い出会えるように導く、ということではないだろうか。

固有性と社会性

また、固有性を持つことは社会性とも深く関係がある。

柄谷行人によれば、社会性とは異なる共同体との間に生まれるコミュニケーション、内面化されない他者との対話の間にうまれるものである。全てが内面化され、固有性を持たず、新たな出会いの生まれないところでは、対話は成立しないし、社会性も生まれない。

例えば大量生産型の住宅が「商品」となり、全てを客の内面化可能な範囲にコントロールしようとする方向で構造化されてきたことを考えてみよう。

このような「商品」としての住宅は、誰でも設計・施工することができて、たいていの客の理解の範囲内にあり、クレームを最小限に抑える必要性を満たすことが求められる。そうでなければ、多くの人に受け入れられるように商品として展開することができない。

そのため、そこで用意されるものや価値観は多くの客が内面化できるもの(またはそう錯覚されるもの)となるように、厳選の上コントロールされている。そこで与えられる価値観もそこから外れないように予め準備されているものだ。固有性を装うことはあっても、実際には固有性は取り除かれ、「内面化されない他者」となることは注意深く避けられている。他者となることを嫌う。それが商品化住宅の宿命である。

そういった場は新たな出会いに乏しく、その場との対話は生まれにくい。固有性を持たないもの、すなわち社会性の契機のないものばかりに囲まれたまちがあるとすると、そこでの生活や子供の成長といったものはどんなものになるだろうか。無意識に不安が蓄積したりしないだろうか。よく、そんなことを考える。

「建築は社会性を持つべきだ」という話をたまに聞いたりする。しかし、その意味するところは良く分からないことが多い。

自立に関するところでも書きたいと思うが、建築はまず、固有性を持つ存在であるべきだと思う。そうでなければ建築との対話は成立しないし、社会性も生まれない。

「建築は社会性を持つべきだ」というとき、建築は、社会性を持つべき相手にとって、固有性を持った存在であることが、最初の前提だと思う。そうやってはじめて、そこで出会うことができる、すなわち意味と価値が生まれるのである。

「建築は社会性を持つべきだ」というのは、固有性が排除され出会いが失われてきたからこそ生まれた言葉なのかもしれないし、固有性を持った建築が貴重な存在であることを示しているのかもしれない。

人は建築で、固有性と出会う。そして、固有性は社会性の基盤でもある。