『新しい公共』と自走力のアーキテクチャー

少し前に鳩山前総理がツイッターで

(hatoyamayukio): 「新しい公共」が一人歩きを始めました。こんなに嬉しいことはありません。私に「裸踊り」をさせて下さったみなさん、有り難うございました。その私に続いて「裸踊り」をしようと立ち上がって下さったみなさん、有り難う。この伝播力が必ず社会を大きく動かすでしょう。 [06/15 18:46[org]]

とつぶやいたのですが、これに対してはてブやツイッターでは”日本語でおk”みたいな反応が大半だったような気がします。

ここで鳩山前総理の政治について書くつもりはないのですが、上のつぶやきは”個人のつぶやき”としては別におかしくないように思いましたし、「新しい公共」は「すでにそこにあるものを生かすこと」に関連がありそうなので頭を整理する意味で書いてみます。

『新しい公共』について

ここで言う『新しい公共』は鳩山氏が2009年10月の所信表明演説で掲げた理念で、具体的にはその後内閣府に設置された『「新しい公共」円卓会議』のことだと思います。
この新しい公共については下記サイトの『 「新しい公共」宣言』PDFに概要がまとめられています。それほどボリュームはないのでざっと見てみて下さい。
「新しい公共」円卓会議 会議資料 ‐ 内閣府

ただ、この宣言にもあるようにこの理念は特別新しいものではなくもともと日本にあったものですし、”新しい”という言葉は何かに置き換えた方が伝わりやすいようにも思います。あえて新しいといえば、情報技術の進歩等によって昔では考えられなかった公共のカタチの可能性が出てきていると言うことでしょうか。

今まで行政に頼っていた機能を、すでにそこにある人やモノや関係性をうまく生かして担っていくという意味で、このサイトで考えようとしていることと重なる部分があるように思います。

民業を圧迫しないか、補助金頼りの新しい利権を生むだけではないか等の危惧はありますが、官民の区分・補助金やセーフティネット等の政治の話は”一旦”横に置いておいて、今の状況で自分達ができることという視点から考えてみます。

自走力のアーキテクチャ

『新しい公共』と言っても、補助金だより・補助金目的で、自分たちで担っていくという意識の転換がなければ根本的にはあまり変わっていないように気がします。

補助金等はサポートシステムとしてあっても良いと思うのですが、そこが目的になってしまっては持続性は獲得出来ない。
では、持続性を持つためにどういう可能性があるか。

建築系ラジオの西村さんと山崎さんの対談でその可能性が示されたように思いますが、「自走力」というのが今後キーワードになっていくような気がします。

西村浩×山崎亮「自走力のデザインメソッド」[1/4] – 建築系ラジオ
西村浩×山崎亮「自走力のデザインメソッド」[2/4] – 建築系ラジオ
西村浩×山崎亮「自走力のデザインメソッド」[3/4] – 建築系ラジオ
西村浩×山崎亮「自走力のデザインメソッド」[4/4] – 建築系ラジオ

それは、そうすればうまく行くという簡単なものではなくあくまで”可能性”というかたちでしかありえないものだと思いますが、自走するための仕組みをどうやって作っていくかが今後課題になっていくのではないでしょうか。

ここでネットの世界に目を向けると、linuxに代表されるオープンソースのように多くの人が勝手に関わりながら成長・持続するような仕組みや、ツイッターのようにつながりをそれこそネット(蜘蛛の巣)の用に広げられるツールが急速に成長しています。
これらに共通するのはそれらが自走するための仕組み・アーキテクチャーを兼ね備えていると言うことです。

自走する公共のようなものを考えると、おそらくその仕組はシンプルで、公共と言っても大きい必要はなく、各要素がヒューマンスケールのような手頃さをもっているようなものの方が良いように思います。
大切なのは関係性をつなぎ、拡げ、ドライブさせていけること。(僕はよく分かってないくせによく口に出しますが、オートポイエーシスのような自走システムがイメージされます)

(ローカルネタですが)たこ焼き屋で本を交換して高校生なんかに揺さぶりをかけるのも小さな公共と言えると思いますし、丸投げ上手なたこ藩さんそのものが自走力のアーキテクチャといっても良いかも知れません。

こういう自分たちのスケールで自走させていける仕組み・受け皿について考えていきたいと思いますが、その仕組み、受け皿のことをデザインと言っても良いのではないでしょうか。そして、murayamaさんに前の記事紹介して頂いたところで佐藤卓さんが言われているように『デザインは生き物』だとすると、デザインそのものが自走することも必要かもしれません。

こういうふうに考えると、何をデザインすrればいいのかが少しずつ見えてこないでしょうか。

そしてそういう意味ではマルヤガーデンズの試みはまさにデザインされたものですが、それについては別の場所に書いてみようかなと思っています。(これについては■ランドスケープをしよう:マルヤガーデンズとランドスケープマネジメントが良記事)

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