腹落ちのための経営理論と36の指針 B230『世界標準の経営理論』(入山 章栄)

入山 章栄 (著)
ダイヤモンド社 (2019/12/12)

『建築と経営のあいだ』を読んだ後くらいに、知り合った人のフェイスブックで見かけたので即購入。

『建築と経営のあいだ』についての感想を書く前に、まずはこっちを読もうと思ったのですが、800ページ以上の大著。なかなか時間が取れずにちびちびと読んでいるうちに何ヶ月も経ってしまいました。

前編

腹落ちのための理論書

これほど、意図の明確な本もなかなかないと思うのですが、本書の目的は「世界の経営学の主要理論のほぼすべてを、複数の分野にまたがって体系的に解説すること」で、狙いは「本書で紹介した経営理論を「思考の軸」として活用してもらうこと」とあります。

30もの世界標準とされる経営理論に加え、理論とビジネス現象との関係性や経営理論の組み立て方・実証の仕方が、およそ800ページに渡り解説されているのですが、一冊を通して「理論を活用してもらう」という視点はブレることがありません。

また、ビジネス書でよく見るような、テンプレート化されたフレームワークはほとんど取り上げられていません。
フレームワークは理論の一部が形となったもの、と言えるかもしれませんが、それはwhyに応えてくれるものではないため、徹底的に理論が腹落ちすることにこだわる本書では意図的に取り上げなかったようです。

これまで、経営に関わるガイド的な本を手にとっても何かすんなり入り込めないものを感じていたのは、この腹落ちの部分が抜けていたからかもしれません。
そういう意味では今、出会うべくして出会った本のように思います。

答えはこの本の中にはない

網羅的に理論が解説されているからといって、この本の中に答えがあるわけではないです。

実際、ある理論と理論が矛盾し、相反するようなこともかなりあります。

それは、経営に関わる多様な人の営みを一つの理論として切り出すためには、何らかの前提を設けざるを得ないからですが、その前提・視点の違いは経済学、心理学、社会学といった理論の基盤となる分野の違いに根ざすものでもあるようです。

この本によって得られるものは、答えではなく、あくまで、経営を多様な視点から考えるための「思考の軸」なのであり、だからこそ変化の激しい現代社会において必要なものなのだと思います。

経営と建築

経営と建築は、
明確な答えが存在せず、絶えずいろいろな可能性に開かれているものであるが、その中で常に意思決定を積み重ねなければならない。
突き詰めると『人とは何か』という問いにいきつく。
という点で似たような性質をもった分野のような気がします。

経営者がみな経営学に精通しているわけではない。同様に設計者が例えば建築計画学に精通しているわけではない。
という点も重なる部分かもしれません。理論を知らずとも経験と勘である程度はカバーできますが、意思決定の精度を上げるためには「思考の軸」が大きな武器になる、ということは間違いないと思います。

しかし、最後に著者は「思考の軸に必要なのは、経営理論を信じないこと」と言います。
理論を信じそれを当てはめるだけでは考えたことになりません。
大切なのは、思考の軸となる理論を足がかりに、目の前の問題を自分の頭で考え、意思決定をし続けることなのだと思います。

(コロナによって様々な前提が無効になってしまった今、これまでに書かれた本がどこまで有効なのか疑わしくなってしまいましたが、だからこそ、理論を鵜呑みにせず、自分の頭で考え続けることを説く本書の意味はより大きくなっているかもしれません。)

理論を自分のものにする

とはいえ、まだ一通り目を通したに過ぎません。
しばらくは、理論を思考の軸とすべく、じっくり読み返してみようと思います。おそらく、それを自分の問題としていろいろと考えてみることでゆっくりと自分のものになっていくように思います。

また、ここで解説されている理論のそれぞれが『人とは何か』という問いに対するエッセンスだと思うので、それを建築に置き換えてみることで新たなイメージが湧くような気もします。

すぐに建築に置き換えることばかり考えることは悪い癖なのかもしれませんが、結局はどの分野も『人とは何か』という問いに遡ります
他の分野で生まれたぼんやりとしたイメージと別の分野で生まれたイメージが重なることはよくありますし、そういう発見が本を読む一つの醍醐味のようにも思います。

~(前編)は本書の全体的な印象について書きましたが、(後編)はもう一度読み直した後にもう少し内容に触れて書いてみたいと思います。

後編

36の指針

各章ごとにノートにまとめながら、それぞれの章から自分の思考や行動の指針となりそうなものを、ワンフレーズかツーフレーズで取り出すことを試みてみました。
慣れない分野で、かつ自分の関心が偏っていたり、自分の事業形態とは関係の薄いものがあったりしているため、内容に偏りや誤りがあるかもしれませんが、個人的なメモとして列記しておきたいと思います。

■人間は合理的な意思決定を行うと仮定する。

  • 完全競争の条件の逆を張れ。真似ができないように差別化を図り、価格をコントロールせよ。
  • リソースなしにアウトプットはつくれない。まずはリソースを押さえよ。
  • 企業の競争にはいくつかの型があり有効な理論が異なる。まずは型を見極めよ。
  • スクリーニングやシグナリング等で逆淘汰を解消し、情報の非対称性を味方につけよ。
  • 目的の不一致と情報の非対称性を乗り越え、モラルハザードを解消せよ。
  • 取引で発生するコストを最小化する形態・ガバナンスを発見せよ。
  • 互いに読みあった先に何が起きるかを分析し意思決定せよ。
  • 不確実性の高い状況では、将来のオプションをデザインすることで不確実性を解消し味方につけよ。

■組織・人間の認知には限界があると捉える。

  • うまくいっているときほど目線を高くしサーチせよ。
  • 知を活用させるために深化させるだけでなく、意識的に新しい知を探索し、両利きの経営を目指せ。
  • 知の保存と引き出しを仕組み化することで、組織の記憶力を高めよ。
  • SECIサイクルをまわすことで、形式知だけでなく暗黙知を活かして知を創造するループをつくれ。
  • ルーティンによって認知負担を減らしつつ、ルーティンを進化させよ。変化の時には新しく作り直すことも考えよ。
  • 変化し続けられるための実践の仕組み・シンプルなルールを設計せよ。

■個人の認知に焦点をあてる。

  • 状況に応じたリーダーシップの方法を考えよ。また、全員をビジョンを持ったリーダーとせよ。
  • 高いモチベーションを維持できるよう設計せよ。願わくばそれぞれがビジョンと他者視点を持てるようにせよ。
  • メンバーの多様性を高めて、個人の認知バイアスを組織で乗り越えよ。
  • 意思決定に絡むバイアスを意識せよ。しかし、時には理論より直感を重視せよ。
  • 認知をずらすことで状況に求められる感情をコントロールし、感情を隅々にまで伝播させムードをつくれ。
  • 行動からサイクルをまわして多義性を減らすことでセンスメイクし、ストーリーまで練り上げることで足並みを揃えよ。

■つながりと社会性のメカニズムに焦点をあてる。

  • 企業を超えて多様なネットワークを築け。
  • 強いつながりだけでなく、弱いつながりによってネットワークを変化させ、クリエイティビティにつなげよ。
  • 複数の縦軸を行き来することで、異なる領域のプレイヤー間の媒介となれ。
  • 弱いつながりと強いつながりのバランスをとることで、ネットワークの便益を得つつ、フリーライダーを押えた公共財の場を目指せ。
  • 自フィールド内のビジネスの常識を疑ってみよ。必要であれば塗り替えよ。
  • 依存度のアンバランスを脱却し、飛躍せよ。
  • 社会を大きな生態系と捉え超長期的な視点を持て。必要ならば新しい生態系に飛び込み、そこで社会の正当性を獲得せよ。
  • 組織内の淘汰・選択プロセスをデザインし、多様な人材・情報によって変化せよ。また、他の生態系の活力を取り入れ進化せよ。
  • 競争の中に身を置くことで共に進化せよ。ただし、環境の変化が大きい時にはライバルではなく自身のビジョンを競争相手とせよ。

■ビジネス現象と理論をつなぐ。(本書にはそれぞれのビジネス環境と経営環境の関係を示すマトリックスが載っています。)

  • 相反する理論を高次に組み合わせて、イノベーションを前提とした戦略を立てよ。
  • 環境の変化を捉えた上で理論を駆使してイノベーティブな人材を育てマネージメントせよ。
  • 多様な利害関係者を前提とした上で、理論を駆使して最適なガバナンスを考え抜け。
  • 国境に囚われ過ぎずに、理論を軸としてグローバルに考えよ。
  • 起業には何が必要でどこに進出すべきかを理論を軸に考えよ。
  • 企業の存在範囲・あり方を理論を軸に考え抜け。時には「永続を目指す」こと自体、資本主義すら疑え。
  • 理論はビジネスの全体を描けない。最後は、それぞれの理論を拡張し、組み合わせて、自らビジネスをデザインせよ。

まとめながら、いくつかの人(組織)の顔が何度も頭に浮かび、この人(組織)のここがこれにあてはまるな、と思いました。
必ずしも理論が先にあるわけではないと思いますが、活躍している人にはその理由があることが分かり、いろいろな点で腹落ちしました。
これからは、じっくり自分なりの応えで埋めていこうかと思います。

経営学とこれまで考えてきたこととの共通点

全体を通して読んでみると、古典的な経済学の「どうすれば安定した持続的な競争優位を獲得できるか」という論点が、「どうすれば変化する環境に合わせて企業自体が変化し続けられるか」へと移っていく流れがくっきりと浮かび上がってきます。

それは、環境をサーチ(探索)し、それに合わせて行動(変化)していくサイクルをどうやってうまくまわすか、ということだと思うのですが、これまでここで考えてきた、設計論、アフォーダンスやオートポイエーシスの考え方に驚くほど重なりました

オノケン│太田則宏建築事務所 » 実践的な知としてのオートポイエーシス B225『損傷したシステムはいかに創発・再生するか: オートポイエーシスの第五領域』(河本 英夫)

ここでイメージされるのは、次のようなサイクルである。
まずある場面で、何らかの行為を選択し「踏み出す」。ここで経験が起動するが、その踏み出しは経験の可動域を拡げるようなもの、また行為持続可能性の予期を感じさせるものが候補となる。
「踏み出す」ことによって、行為とともに何らかの「感触」が起こる。これは「踏み出す」ことによって初めて得られるものである。
この「感触」は連動する顕在システムや潜在システムとの媒介変数となり、複合システムの中を揺れ動く。そしてその中で次の行為の起動を調整するような「気づき」を得る。
その「気づき」は次の「踏み出し」の選択のための手がかりとなる。
つまり、「感触」によってカップリングとして他のシステムに関与すると同時に、他のシステムからも手がかりを得ながら、サイクルを継続的に回し続ける。
このサイクルによって複合システム自体が再組織化され、新しい能力が獲得される。ここで、新たなものが出現してくるのが創発、既存のものが組み換えられるのが再編である。


この図は上の引用元のページで書いたものですが、同じような図で、例えば「知の探索・知の深化」「SECIモデル」「ダイナミックケイパビリティ」「センスメイキング」「VSRSメカニズム」などもまとめられるように思います。

ビジネスは「  」のために

著者は、経営理論は部分のwhyに応えるものであるから、ビジネスそのものを説明できない。また、ビジネスの目的は何か、という問いに対する世界共通のコンセンサスを持っていないと言います。

最後は理論を武器(軸)にして、自らビジネスをデザインしないといけないのだと思いますし、そこが面白いところなんだろうなと思います。

第5部『ビジネス現象と理論のマトリックス』の最後、著者はこう問いかけます。

さて皆さんなら、この下線部には何を入れるだろうか。
“Law is to jusutice,as medicine is to health,as business is to ___.”(p.737)
法は正義のために、医学は健康のために、そしてビジネスは「  」のために。(p.732)

自分は建築をやろうと決意した時からこう決めています。
 ビジネスは「未来の子どもたち」のために。

皆さんなら何と入れるでしょうか。

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