‘スケール’ タグのついている投稿

W040『九州国立博物館』

2008年5月10日 土曜日


□所在地:福岡県大宰府市石坂4-7-2
□設 計:菊竹清訓
□用 途:博物館
□竣工年:2005年

都城市民会館と同じ設計者による博物館。

都城ほどの野性味は感じませんでしたが、うまいなぁと思いました。

威厳と活気の共存

何がうまいなぁと思ったのかというと、内部に入るとアジア的な活気を非常に感じました。
それでいて国立博物館としての威厳を兼ね備えています。建築が媚びていません。

その辺のバランスは非常に難しいと思うのですが、良い意味でも多少悪い意味でもさすが大御所だと思いました。このぎりぎりのバランスをとるのは、なかなかできるものではありません。
スケールについてはコストの問題等賛否両論あるように思いますが、僕的にはありだと思います。

今回は時間がなかったので展示室には入らなかったので、今度入ってみたいです。

また、連絡通路を通じてすぐに大宰府天満宮に行けるので一度に二度楽しめます。まる一日遊べそうです。


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W039『ぐりんぐりん』

2008年5月10日 土曜日


□所在地:福岡県 福岡市東区香椎浜3丁目
□設 計:伊東豊雄
□用 途:公園施設(植物園)
□竣工年:2005年

この公園ってテーマパークみたいなもので入園料をとられるのかと思いましたが、意外にも普通の誰でも入れる公園でした。
(ぐりんぐりんの中に入るには100円必要ですが)

さりげなくある

もっと存在感を感じる建物かと思いましたが、この異様な形態の割りにしっくりなじむ感じがしました。
建築として威張っていない感じが良かったです。スケール感もちょうど良い。

他の伊東豊雄の建築でも感じたことですが、なぜかしっくり来るんですね。
藤森照信が

「八代市立博物館・未来の森ミュージアム」の曲線を見たときにびっくりしました。ものすごくいい曲線なんです。自由な線でありながら必然性を感じる。そうした線を描けるのは僕のまわりでは伊東さんと石山さんくらい。(『adDict2』)

と書いてるのをみて『必然性を感じる』というところに、なるほどと思った記憶があります。

こういう一見奇怪な建築が普通の誰にでも入れる公園に普通になじんで存在しているということはすごいことだと思います。
しっくり来るけれど凡庸ではないというのは誰にでも出来ることではありません。
ここに設計者の人柄を感じますし、これが伊東豊雄の真骨頂なのかもしれません。


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W034『成羽町美術館』

2008年5月8日 木曜日


□所在地:岡山県川上郡成羽町下原1068-3
□設 計:安藤忠雄/安藤忠雄建築研究所
□用 途:美術館
□竣工年:1994年

オノケンノート ≫ B007 『TADAO ANDO  GA DOCUMENT EXTRA 01』

ちなみに、この作品集で好きだったのは、成羽美術館で、アプローチの構成にくらくら来た。

と書いているように、この建築は僕が初めて買った作品集で、初めてくらくら来た作品だと思います。

実際に見れる機会はないかも、と思っていたのですが、今回頑張って行ってきました。

人と自然との間の橋渡し

学生のころは作品集を見ながら、単純な操作で迷路のような複雑さを生み出している構成の巧みさにくらくら来てたのですが、実際訪れてみるとその巧みさが人と自然との橋渡しになっているように感じました。

構成があまり単純すぎても対比が強すぎて自然との間に距離が生まれる気がしますし、複雑すぎると関係がぼやけてしまうように思いますが、ここでは歩きながら体験するそれぞれが印象的なシーンの移り変わりが空や緑、水、鳥のさえずりといった自然との関係性をうまく強調させてくれているように思います。

それはこの建物のスケールにもいえることで、重量感のあるコンクリートの壁が、人と自然をうまく橋渡ししてくれているようなちょうど良いスケールで、これより大きいと少し嫌味だし、小さいと生活感がでてしまうのではないでしょうか。

安藤忠雄のコンクリートの良さが一番よくあらわれたスケールの作品のように思います。

▽憧れのアプローチを折り返したところ。期待しすぎてというより、想像し過ぎていたのでさすがに意外性がなかったです。
よく知らないまま経験した方がよかったかも。

▽Z状の通路部分の右側がそのアプローチです。
プランを見ても分かりにくいけれども、一つの壁がいくつもの見え方やいくつもの効果を生み出しているのがさすがで、へぇ~っと思います。


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W032『広島平和記念資料館+平和記念公園』

2008年5月6日 火曜日


□所在地:広島市中区中島町1
□設 計:丹下健三計画研究室
□用 途:資料館
□竣工年:1955年

建築マップ 広島平和記念資料館・平和記念公園

復興広島や建築家丹下健三のみならず、戦後の日本建築はここから始まったと言っても過言ではない、記念碑的な建築である。

上記建築紹介サイトにかなり詳しく書かれているので興味のある方は目をとおしてみて下さい。

景観軸

景観軸はこの公園のキーともいえるけれども、(■平和記念公園マップ)記念碑のシェルから、平和の池、その奥にゆらめく平和の灯と重ねて原爆ドームを見るとき、何かを感じずにはいられません。

軸やシンメトリーという古典的な手法の威力を思い知った気がします。

ただし、この公園の性格がその強さを受け止めるだけのものであったのと、次に挙げるスケールの共存によってあり方としての複雑さが保たれているのとがこの手法をアリにしてると思うので、シンメトリーなどの安易な使用は可能性を殺すと思いますが。

スケールの問題

建築マップ 広島平和記念資料館・平和記念公園

丹下健三がヒューマンスケールからの脱出を試みたことは人類史上の必然であり、決して間違ってはいませんでした。ただ人口減少に振れた日本では状況が変わってしまい、その変化に対応した方向転換ができず惰性で突き進んでしまった、ということだと思います。 東京都庁はヒューマンスケールからの脱出の悪い点をギュッと凝縮した題材と言えるでしょう。

スケールの問題にしても決してヒューマンスケールが万能だとは思わないし、『社会的尺度』だけが正解とも思えません。
今一度、真剣に考えても良い題材だと思います。

わたくしは、広島の平和会館の実施設計にあたって、人間の尺度と社会的人間の尺度の二つの尺度の対位によって建築を構成してみようという野心をもっていた。(雑誌「新建築」1954年1月号よりの引用を孫引き)

とあるように、この建築および広場では社会的尺度の建築と同じような強さで今そこにいる人たちが存在していること、二つの尺度が(必ずしも対位による必要はないと思うが)存在することが成功の要因ではないかと思います。

それはコルビュジェのもつ複雑さや寛容さを素直に引き継いだ結果なのかもと思いました。


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スケールの橋渡し役となる。

2008年3月2日 日曜日


建築が生活とミクロやマクロなスケールをつなぐ橋渡し役となること。

オノケンノート – スケール

毎日の自分の生活のスケールだけに浸かっていると、それが世界のすべてだと錯覚してしまいそうになる。
そんな時、空のスケールに触れると、自分のスケール感をリセットできる。
時には空のようなスケール、時には小さな花のようなスケールに触れるのは大切なことだろう。
自然の雄大さに比べたら建築なんて無力だなぁと思ってしまうこともあるが、日々の生活のスケールとマクロな又はミクロなスケールの橋渡しの役を建築ができればステキだろうな。

時にはフラクタルという楽器も使って。

”建築が橋渡し役”っていうのはいいかも。人と人との橋渡し、時間・歴史の橋渡しとか。