B115 『デザインの輪郭』

深澤 直人
TOTO出版(2005/11)

「01デザインの輪郭」から「40自分を決めない」までの小さなエッセイや言葉の断片、対談などを集めたものだけど、飾った言葉ではなく、鋭いセンサーで捉えた実感による生の言葉が並んでいて非常に身にしみる。

個人的には「15灰汁(アク)」のところに共感した、というか僕はこのあたりでうろうろしている。

アンジェロ・マンジャロッティみたいな人は、あくが出てしまう。それが個性かもしれない。ジャン・プルーヴェもそうですね。どうみたっておかしい。なのに、すごく魅力がある。だから悔しいです。
僕にはあくが出せない。洗練されすぎていると思います。・・・中略・・・でも、今はあまり迷いはないですね。僕はこれから自然に無理なく変わるだろう。無理なく変わっていくことが、僕に課せられたプロセスだろうと思っていますね。今までは、自分の目指したところに到達しようとして、いろいろ余計な筋肉を使い、余計な力を加えてきた。その力を抜くことによって、最後のバランスをとったというのがいまだと思います。

けっこうあくのあるものが好きだったりするけど、僕はまだ自分の中から自然に出てくるあくというものを持てていない。自分の奥底には存在していると信じ、早く顔を出して欲しいと願ってきた。だけど、それはちょっと筋肉の使い方を間違ってたのかなと思うと少し楽になった。
もしかしたら、少し力を抜いて自然体で建築に向き合ったときに、初めてじわぁーと自分の中からあくのようなものが滲み出てくるのかもしれないな。
(100冊書き終えて最近ようやくそんな風に思えるようになってきました。)

密度の濃い言葉が詰まっていて、なかなか選びにくいけどメモ代わりに気になったところを少し抜き出しておく。

・輪郭には、相互にさまざまな関係の力が加わっている。そのものの内側から出る適正な力の美を「張り」といい、そのものに外側から加わる圧力を「選択圧」という。
・壁の表面の光が人間に何らかの圧力を加えているとも考えられる。
・「張り合い」という言葉があるように、生きるための目的、あるいは「生きがい」ともいわれるものがその人間に加わる力であって、それを押し返す力によってバランスされている状態が張りであり、それによって表に現れる力の徴憑が、張りを視覚化しているのではないかと思った。
・ものがアイデアを語ってはいけない。デザインとは概念を見せるものではなく、まず道具に徹することである。徹することで浮かび上がる共感のもとは、人々の日常の記憶の断片なのである。
・気づいた人はちょっと微笑み、気づかなかった人は行為が止まらず流れていくということでいい。
・誰でも得ようとすれば得られる感覚が失われているんです。これは普通のよさの感触を忘れてしまったからなんです。忘れたのは、感触なんです。あるいは、若者は特に、その感触を味わったことがないということかもしれない。
・自己が汚れなく謙虚に道具に徹するという意気、技能の卓越さをもって自己の存在を消す努力の跡、完璧を試みて達成できなかった悲哀のような思いの痕跡が消えてしまったのだ。
・ものをたくさんもっていることはかっこわるい。
・デザインは、常にそこにある状況をよくしているだけであって、歴史的に、時系列的にどんどんよくなっていると思ったら大間違いです。・・・人間は、他人のためにやっているという感情をもってやると、汚れてしまいますよ。
・でもこのだらだらは、アイデアを熟させるためには大切なんです。だらだらしているときに冷めてしまうアイデアだったらやってもしょうがないし。
・デザインを勉強しているときは、デザインとはこうあるべきだみたいなものが存在していて、そこに導かれていくものなのかと思っていたけど、そんなものは何もなくて、確固たる美なんてものはどこにもないと思ったときにポーンと抜けて、それからは無理なくアイデアがどんどん出るようになりました。
・誰かがつくり育ててきた豊かさがいいからといって、そちらに移り住んでしまうのは身勝手な気がした。日本という生まれ育った土地で、そこのために仕事をするということ。自らがその条件の下で豊かになっていくことを考えるべきだと思っていた。
・「これだけあればいい」という思いは、生きる上での強さを与えてくれる。「欲しい」という感情は自分を不安にさせる。




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