む展



ときどきのぞかせてもらっているマティックさんのサイトで紹介されていたので行ってきました。

む展のむは、(曖昧な記憶によると…)ムサビのむ、ゼロのむ、無限大のむ、夢のむ。だそう。
場所は鹿児島市立美術館で、今日の午前中にヒアリングがあった物件にドームを考えているのでそれも見学に。(ちなみに前回のプロポーザルは落選。残念。)
市立美術館ドーム

マティックさんの映像作品は単純に楽しめました。
リアルタイムに活動している人達の作品は、その存在自体にも勇気付けられます。
明日じゃなくて今日、11日(日)までなので興味のある方はどうぞ。

その後、帰りにジュンク堂によって立ち読み等。
そこでこれもマティックさんが紹介されていた本を発見。
前にアミュの紀伊国屋で探したときは品切れだったもの。

small planet small planet
本城 直季 (2006/04/08)
リトルモア

もしかしたら建築そのものよりも模型の箱庭感・世界観が好きかも知れない僕としてはたまらない一冊。

僕は模型をつくるときは必ずしもリアルを目差すわけではないが実物のもつ世界観や時間の流れのようなものが現れればいいなと思いながらつくっているつもりだった。
しかし、この写真集は逆のベクトル、実物の世界の時間を流れを凍結し模型のように見せようとする力が働いている。(模型らしいことはさして重要ではないそうだが)
そこで、全く別の世界観が現れているのを目の当たりにすると、模型を作っているときは現実の建物とは別に模型そのものの世界をつくりたいと思っているのだとあらためて気づいた。
もしかしたら建物を模型にあわせているのか…

それともう一つ。この本を立ち読みしながらこの感覚に近いものをさっき感じたな、という気がした。

市立美術館で油彩なんかを見るときに、最初は他の人と同じように壁に沿って作品との距離が1mそこらで見ていた。
しかし、よく分からないというか伝わってこない。
そのときふと、佐々木 正人の肌理の話を思い出して、少しずつ遠ざかってみてみた。
すると、ある距離になると、絵の具のかたまりだったものが光やモノの肌理となって奥行きや世界観をつくりだす。
その突然焦点が合う感じは本城 直季の写真と似てるなと思った。
その、一定の距離を持ったときに生まれる焦点と光を、作品とほとんど距離のない状態で生み出すことができるのが作家のイマジネーションの力なのかもしれない。

全くのドシロートで油彩などのそういう見方・距離が正当な見方、あるいは常識なのかはわからない。
だけれど、従来の美塾館の展示の仕方では、玄人はともかく素人のお客さんが壁にそって眺めていても、作家のイマジネーションや世界観は伝わらず、絵の具の塊で終わっていることが多いのではないだろうか。
客に見方を指示するのもナンセンスな気がするが、なんかもったいないという気がした。

ちなみに、この本は立ち読みで我慢して財布に余裕のあるときに、とあきらめたのだけれども、結局我慢できずに建築雑誌を一冊買ってしまった・・・




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